ココシリ
もともと盲目的ななにかというのが好きなわけではない。
ロジカルに考えれば、はなっからばかげていることは見えている。
だが、迷わない人間は強い。
そんなところをいったり来たりしたいものだが、人の本性っていうのは生まれたときから決まってしまっているようで。。
だから、なおさら迷わない人に憧れてしまう。
『ココシリ』を見た。
チベットカモシカの密猟者との戦いに命をかけるマウンテンパトロール隊の物語である。
ココシリ

¥3,268
Amazon.co.jp
われわれ、映画を見る者の視点は、そのパトロール隊を取材しようとしてやってきたジャーナリスト・ガイその人の視点である。
彼の視点でこの物語は展開される。
自然保護区の設置のため。そんな高邁な考え方でやってきた彼は、夜中に叩き起こされ、すぐさまパトロールへ同行することになる。そして、密猟者との戦いのなかで違う問いに向き合うことになってゆく。
「なぜ、命をかけてまでチベットカモシカを守ろうとするのか。なぜ無償で私費を投じてまで山岳パトロールを続けるのか」。そして、その視点は、デビュー作『ミッシング・ガン』で若き才能を評価されたこの映画の監督ルー・チュー・アンの視点でもある。
初代パトロール長、二代目パトロール長はパトロール中に命を落としている。この映画は実話に基づいて作られている。
そんな視点にもかかわらず、あるいは彼の視点だからこそ、誰しも引き込まれるのは、元軍人の山岳パトロール隊長リータイだったりする。
ガイと彼との出会いも戦慄的なシーンである。チベットでは鳥葬が行われている。鳥葬がいかなるものかチベット仏教を知っている人はわかると思う。
そしてまたこの映画の魅力は、チベットの山岳自然でもある。人を寄せ付けない厳しさと美しさ。
あるいはまた、脇を固める山岳パトロール隊員たちだったり、皮剥ぎ職人の老人マーだったりもする。
ガイであるわっしはリータイをどこかで非難しつつも、リータイに惹きこまれる。
リータイは迷わない。決断の人である。
前にも書いたが「決」というののもともとの意味は、川が氾濫してこのままだとすべての村が全滅するというときに、どこかの堰を壊して、ある村を犠牲にして、残りの村を救う、そういう政治をおこなうことがトップの役割としてあって、その堰を壊すことを「ケツ」と言った。そういう意味の決断である。
彼を中心にしてこの映画は回っていく。そしていつのまにか山岳パトロール自体に巻き込まれるのである。
なぜ命をかけるのか、山岳パトロールとはなんなのか。最初にそう問いかけた筈の答えはしかし違うかたちで返ってくる。
生きることの意味ではない。生きるということはなにかということ。
誰もがこの映画を見終わったあとの景色はそういう景色だったりするのかも知れない。
ちなみにこの映画、最初のシーンで出てくる隊員が、どっかダウンタウンの浜ちゃん似だったりする。実はわっしはそこで物語に引き込まれてしまったのだが
この映画は東京国際映画祭で審査員特別賞を受賞。また、台湾金馬奨の作品賞と撮影賞。中国の華表奨の劇映画賞を受賞するなどアジア各国で絶賛されたとのこと。野生動物好きの人にもおすすめの映画である。
ロジカルに考えれば、はなっからばかげていることは見えている。
だが、迷わない人間は強い。
そんなところをいったり来たりしたいものだが、人の本性っていうのは生まれたときから決まってしまっているようで。。
だから、なおさら迷わない人に憧れてしまう。
『ココシリ』を見た。
チベットカモシカの密猟者との戦いに命をかけるマウンテンパトロール隊の物語である。
ココシリ

¥3,268
Amazon.co.jp
われわれ、映画を見る者の視点は、そのパトロール隊を取材しようとしてやってきたジャーナリスト・ガイその人の視点である。
彼の視点でこの物語は展開される。
自然保護区の設置のため。そんな高邁な考え方でやってきた彼は、夜中に叩き起こされ、すぐさまパトロールへ同行することになる。そして、密猟者との戦いのなかで違う問いに向き合うことになってゆく。
「なぜ、命をかけてまでチベットカモシカを守ろうとするのか。なぜ無償で私費を投じてまで山岳パトロールを続けるのか」。そして、その視点は、デビュー作『ミッシング・ガン』で若き才能を評価されたこの映画の監督ルー・チュー・アンの視点でもある。
初代パトロール長、二代目パトロール長はパトロール中に命を落としている。この映画は実話に基づいて作られている。
そんな視点にもかかわらず、あるいは彼の視点だからこそ、誰しも引き込まれるのは、元軍人の山岳パトロール隊長リータイだったりする。
ガイと彼との出会いも戦慄的なシーンである。チベットでは鳥葬が行われている。鳥葬がいかなるものかチベット仏教を知っている人はわかると思う。
そしてまたこの映画の魅力は、チベットの山岳自然でもある。人を寄せ付けない厳しさと美しさ。
あるいはまた、脇を固める山岳パトロール隊員たちだったり、皮剥ぎ職人の老人マーだったりもする。
ガイであるわっしはリータイをどこかで非難しつつも、リータイに惹きこまれる。
リータイは迷わない。決断の人である。
前にも書いたが「決」というののもともとの意味は、川が氾濫してこのままだとすべての村が全滅するというときに、どこかの堰を壊して、ある村を犠牲にして、残りの村を救う、そういう政治をおこなうことがトップの役割としてあって、その堰を壊すことを「ケツ」と言った。そういう意味の決断である。
彼を中心にしてこの映画は回っていく。そしていつのまにか山岳パトロール自体に巻き込まれるのである。
なぜ命をかけるのか、山岳パトロールとはなんなのか。最初にそう問いかけた筈の答えはしかし違うかたちで返ってくる。
生きることの意味ではない。生きるということはなにかということ。
誰もがこの映画を見終わったあとの景色はそういう景色だったりするのかも知れない。
ちなみにこの映画、最初のシーンで出てくる隊員が、どっかダウンタウンの浜ちゃん似だったりする。実はわっしはそこで物語に引き込まれてしまったのだが

この映画は東京国際映画祭で審査員特別賞を受賞。また、台湾金馬奨の作品賞と撮影賞。中国の華表奨の劇映画賞を受賞するなどアジア各国で絶賛されたとのこと。野生動物好きの人にもおすすめの映画である。