三渓園でのナニ 横浜トリエンナーレ  | 象の夢を見たことはない

三渓園でのナニ 横浜トリエンナーレ 

書き忘れてたので、横トリのラスト記事ということで。

インスタレーションとインタラクティブというのが最近の現代美術のキーワードの一つとなっている。らしい。

インスタレーションと連動するインタラクティブは、金がかかりすぎるので、個人でなにかを発見して創作するより、グループワークで資本投入できる企業体のほうが強そう。ゲームとかテーマパークとか。

ただ、「おっ!」と思えるようなナニモノかが見えるときがある。
使い方次第でアミューズメントパークとかでは使えるし、そういう貢献の仕方があってもいいような気がする。芸術ってそんな堅苦しく考えなくてもいいんじゃねえか?そういうほうがいろいろ底上げされると思うのだけど。(何様?まあ、素人はこわいものしらずということでひとつ。以下同文。)

なんてことを、三渓園の中谷芙二子の雨月物語-懸崖の滝とトリス・ヴォナ=ミッシェルの涵花亭にある展示を見ておもった。

中谷芙二子のブツは滝のあたりに設置されていて、まわりは林と薮。センサーに反応して人工の霧と稲光のようなライトが光る。残念ながら昼だったのであまりその良さがわからなかった。
一応写真はこんな感じ。なんだかさっぱりわからんでしょうけれど、まあ感じだけ。

霧

自然の再提示なのだけれど、繊細なところは、内藤礼の横笛庵と共通するものがある。

内藤礼は、母型という題で、それまでの発電所美術館に続く一連のシリーズの一つなのか。
庵のなかに電熱器が2台とその上に紙の紐状のものがゆらいでいる。
すんません。ぜんぜんわかりません。母型という作品名と展示内容で言いたいことはわかるような気がしたけれど、繊細すぎ!発電所美術館のほうは人様のブログを見るとそれなりだったようでもあるのだが。

トリス・ヴォナ=ミッシェルのは涵花亭のまわりを歩くとセンサーが反応して草むらからつぶやく声が。涵花亭は池の入り組んだ島に作られたアズマヤみたいなので、こういう感じの場所。

http://mirabeau.quu.cc/photo/sankeien/sankeien_0
(なお、写真はhttp://mirabeau.quu.cc/photo/sankeien/の無料写真の借り物です)

これはちょっとだけ面白かった。足元の草むらでブツブツいわれるのは夜だとけっこう気持ちのいいものではない。昼だったのでそうでもなかったが、係りの人がいなくて一人だったらどうだったろう。あ、これタネあかししたらマズかったのか。なお亭のテーブルの上に変な白い箱が置かれていたのだが意味不明。彼の家のミニチュア?だとしたら、子供っぽいのだが、全体の意味は、ああそういうことかとわかるけど、ううーん。。どうだろ。

このあたり、全部夕方だと多少は面白かったかも。まあ、でもどうなんかねえ。

インスタレーションにしてもインタラクティブにしても、観る者の存在というか、作品と観る者が対話式に、もしくは相互に影響を及ぼしあうことを前提としている。
美術とか芸術ってなんでもそうなのだけれど。

かなり観る者のほうが踏み込まないとわからない。
ってか、作者の歴史とか知らんって。いやさ、作品単品で感じられないようなものは、正直どうなん?ていう気持ちもあるのだが。。

どうもどれもそんな感じなのだけれど、美術っていうのは全体そういうもので、慣れてくると作品の良さと悪さが見えてくる。これはすごいとか、これは凡作だとか。

やっとちょっとだけ現代美術が見えてきた。。気がする。
なんなんすかねえ。まあ、そういうこと自体、いろいろ世の中にはありますわ。