好意に応える
インドでクライアントのインド人会社が社員バス旅行を企画してくれたとき、バスのカラオケで歌わされたのは坂本九の「スキヤキ」だった。。歌えねー。
歌詞しらねーよと思ったのだが、意外と覚えていた。
昨年マレーシアでツアー会社の車に乗ったとき、その車の運転手はこっちが日本人だということで喜多郎をかけてくれた。。喜多郎なんて、NHKのシルクロード以降どこ行ったんだ?
実は、マレーシアでもコンサートを行ってて海外で活躍していたりする。
北京オリンピックの開会式をテレビで見てたら、谷村新司がゲストコメンテーターだった。
中国へ行ったら、谷村新司なのだろうか。
日本人がちょんまげだとか、フジヤマゲイシャスキヤキだとかは別にいい。許す。
だけど、谷村新司だったりすると、なんだかそっちのほうがみょーに違和感があるのはなぜ?
坂本九だったり、喜多郎だったり、びみょーに納得してしまっている自分がどこかにいるから?
『昴』とか知らないのに歌えてしまう自分がどこかにいることに気付いてしまうとか。。
で、そっちだけ相手に納得されているらしいというのは。。
そういうときは、
『もうなんか、なんとかしてくれえ~』
と心の中でそんなことを思いながら、薄ら笑いで好意に応えるのである。