楽しさは主体性の問題 | 象の夢を見たことはない

楽しさは主体性の問題

楽しいか楽しくないかは主体性をもって事に望んでいるかどうかにかかっている。


あたりまえのことだけれど、自分は依存症のケがあるのでそれを見失いがち。


流されている場合、やらされている感がある場合、主体性が持ててない状況は数々あるのだけれど、そういうときには


①自分が主体性を持てていないことにまず気づくこと。


②周りも、自分についても、よく観察すること。情報はモノを明確にする。


最重要なことを見つけてまずそれだけを目標とすること。


ただそれだけ。行動原則はシンプルにしないとねウインク



ジョン・レノンのオノ・ヨーコとの出会いは、ロンドンのギャラリーのオノヨーコの個展で


「はしごを上に昇ったあとに天井に吊り下げられた虫眼鏡で天井をみると、小さく書かれた『YES』の文字が読める」


という作品に惹かれたときだったという。

主体性というのはこの作品やこのエピソードそのものが表すようなそういうもので、感動と深くつながっている。

そう強く思う。


しかし、この作品といい、エピソードといい、すごくカッコいい。


2008横浜トリエンナーレでは、オノ・ヨーコが再び展示をするのだけれど、前回みたく反戦とか彼女の理性とやらが発するメッセージではなくて、この作品みたいな彼女自身の生き様が展示されているとよいのになあ。


オノ・ヨーコは、人間的に好きになれないのだけれど、『嫌い』という感情は『好き』という感情と同じかそれ以上に大事で、そこには必ず自分にとって大切ななにかが隠されている。そんなふうにも思う。

もし、今回行けるなら、それが何かを探してこよう。