鉄塔武蔵野線
『ロスト・イン・トランスレーション』に、小学校の頃の同級生が出ている。
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ちぇ。やっぱ、アマゾンか。。
ただの同級生である。ヤツのことを、同窓会で語るヤツはいないだろう。
ある意味、鬼門になっていた。
林文浩という。雑誌『DUNE』の編集長らしい。
チャーリー・ブラウンと称して、バーのカウンターでひと悶着を起こし、カラオケで歌ってる中年のおっさんがそいつである。
その当時、一学級が53人、一組が27人。6年間を通して一番デカかった学級だった。
いまは全校生徒が53人を切る。そんな田舎の山奥の小学校だ。
10才という年齢に、ひとつのピークがある。児童文学の作品をみても、10才ぐらいの主人公はものすごく多い。
そして面白いのが多い。
ほかと違って、「私」というものがこの世に存在するということが相当に認識されるのが10才という年齢だ。
小学校6年ぐらいに、子供がものすごくモノを覚える時期がある。
そこが、ピークだ。そのあたりで自殺するコが割りといる。次の世界があまりにも不安だから。
そして、12才で、子供という、あるいは子供としての完成を迎える。そして、思春期に入る。
河合隼雄は、そう語る。
自分がこれまでに見た映画で、思春期前の男のコの心象をあらわした映画として、もっとも印象に深かったのが、『鉄塔武蔵野線』である。
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ある夏の日、両親の離婚で引っ越すことになった見春(伊藤敦史)は、家の近くを通る鉄塔に興味を持つ。
その鉄塔に貼り付けられた番号xx/XX。
そのなぞを解くため、弟のアキラをつれて、送電線をたどる旅にでた。
奇しくも、見春は小学校6年。
自分の子供のころの記憶も、やはりその頃の思い出が多い。
『ロスト・イン・トランスレーション』。知っていたのだが、最初見たときは、途中で消した。
なぜかわからない。
いま、もう一度、DVDを借りてきて見ている。
この映画を観ていて、小学校5年、6年時代の林文浩を思い出している。。あいもかわらず。
ヤツは、変わっていなかった。
実際は、そのときには手のつけられない暴君だったのだが、弱いところも変わっちゃいない。
それが、たぶん途中で消してしまった理由だろう。
自分の中の私が今でも根源的にかわってないところを彼の中に見たのかもしれない。
あるいはそうでないのかも知れない。
すくなくとも、ヤツはかなり遠くまで行った。鉄塔の奥を探して。。
それが、最初見たとき、途中で消してしまった理由だろう。
映画で出ているのは、彼のある面でしかない。それも、付け加えておかなくてはいけない。
東京の夜の街、特に風船に花火が投影されているバーやガラス張りで外が見渡せるエレベーターのようなカラオケショップ、グエル公園の半地下の穴倉のような曲線をもつストリップ小屋などのセットアップは彼のコーディネートによるものだろう。そのあたりで出てくるのはすべて彼の知人だ。
それがなければ、ただの薄っぺらいガイジン探訪映画でしかなかった。
スカーレット・ヨハンソンはソフィア自身、その友達として出てくる彼のこの映画に与えた影響は、そういう意味で、有形・無形を問わず、かなり大きな部分を占めることは、彼を知っているヤツならわかるはずだ。
ある面というのはそういうことだ。
映画において、見えないもの、見えることがないものという要素は以外と大きい。それは、人と同じだ。