水玉強迫
草間彌生のインスタレーション作品である。松本市美術館にあるらしいのだが、まだみたことがない。
今年は2008年横浜トリエンナーレ が開催される。
今回は、オノ・ヨーコなんかも出品するようだ。
オノ・ヨーコ?。。まあいいや。
2005年の横浜トリエンナーレ に行った。そこで現代美術のインスタレーションの可能性というものに始めて遭遇した 。
草間彌生のピンクボート が名古屋市美術館に展示されている。増殖する男根(ファロス)のイメージ。ピンクの突起物で作られたボート。
皮膚がざわざわする感じなのだが、その感じは体の表面があわ立つのではなく、自分の血が、赤血球があわ立つようなそんな感じもした。
単品なので、まだそれで収まっているのだが、インスタレーションとしてそれに周りを取り囲まれることを想像すると、恐怖でもあり、安心でもある。たしかに、そういう相反する感情に包まれるようなそんな予感はする。
高校時代の現代国語の教師が語った水玉模様は、あれは男性原理側から見た話で、女性原理側から見た場合には、水玉模様の解釈は違うのかもしれない。
アニマ・アニムスがあるように。。
もともとユングが研究していた錬金術にしろスーフィズムにしろ、あるいはアボリジニやインディアンなどの文化にしろ担い手は男の場合が多い。
最初に草間彌生の作品を見たとき、女の人っぽい作品だと思った。
なぜかはわからない。
水玉はエロティックだ。そういう感覚もある。クリムトの海蛇のポスターを持っていたが、非常にエロい絵で、その背景には水玉が書かれているが、これは男根を現わしていたりもする。
あるいは、水玉模様、ただ、安心というだけではなく、どこか生のエネルギーというものも感じたりもする。
ユングは、母性の本質として3つの側面をあげている。すなわち、「慈しみ育てること」「狂宴的な情動性」、そして「暗黒の深さ」。
ユング心理学で、壷とか渦巻きが太母(グレートマザー)の象徴であるというのは聞いたことがあるが、水玉というのが何を表象しているのか、私はまだ知らない。
たぶん、母性とはズレているのだろう。
オーラソーマとかカラーセラピーとかあるが、それらがつかっている「ボトル」というのもなにか理由がありそうだが、それもよくはわからない。
模様や形が、なにをメタファーしているのかはわからないが、そこから確かに見えるものはある。
でも、それらが身体に落とし込まれるときには男女で違いがあるのかもしれない。
そういうのは感じなくてはわからない。男と女で、お互い理解しようとしてもわかるようなものではないのかもしれないのである。