閉塞感への招待  | 象の夢を見たことはない

閉塞感への招待 

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20代とおぼしき女のコたちが、ミニーチャン飾り(水玉模様の赤いリボンと耳)を頭につけて、夢見るような表情でなにかを見ている写真である。

JCBのコマーシャルでディズニー・オン・クラッシック2008公演招待のCMなので、見ている先はそういうものだ。


基本的に心情はわかる。

子供のときの夢見る心地っていうのは、生きるうえでの糧になる。

うがった見方をすれば、主婦層にも、「子供たちにそういう糧を与えてあげたい。」という気持ちを芽生えさせたりもするのだろうと。


でも、なんだか生理的に受け付けないのである。

未熟な人を見せられている気がするのだ。


高校の現代国語の教師がこういうことを言っていた。


「戦争前には、水玉模様が流行るんだ。なぜか、わかるか?水玉模様っていうのは、赤ちゃんの模様なんだ。赤ちゃんのよだれかけとか、ベビー服とか見てみろ。水玉模様が多いだろ?

要は赤ちゃんや子供が安心する柄なんだよ。

ドットプリントのネクタイしめてる教師とかもいるだろ。ああいうやつは、頭が子供っぽいんだよ。

大人の思考ができなくなったときに戦争は起こるんだ。だから、水玉模様が流行るときは注意したほうがいい。」


ロマンスグレーで痩身な50代の毒舌な教師だったが、授業もおもしろく大人だったので、高校時代で一番好きな教師だった。

ただ、まだ水玉はこれまで流行ったのかが判断はつかない。

多様化しすぎて、もう高度成長期にあったような、そういう次元での社会の発達の仕方はしていないからである。


電車で化粧している女子高生やOLを見てもなにも感じない。別に個人の勝手だから、いいんではないかと思ってるし、携帯で電話してる人も、すればいいじゃんとおもう。


いったい彼らが何の迷惑をかけているのかが今でも不思議である。

不快だとおもうのは、個人の勝手だ。

いわば勝手同士の戦いで、多数決で道徳は決まる。


そういうものである。


場の意識というものはそういうもので、土曜の夜8時にそんなこともわきまえずに声高に正義を振りかざすのもどうかと思うのだが。。ずっと見ているが、深夜枠に戻してほしい。で、美輪くんも、そのころのように謙虚になりたまえと思う。


『ブローク・バック・マウンテン』を見ていた。

村上龍が、最近のアメリカ映画でよかったのは?とアメリカの友達に聞かれて、答えたのがこの映画である。

オバマとヒラリーの争いがデッドヒートをしている最中で、その頃のアメリカ人の友達との話である。

その友達は、それは最近の映画ではないと言って、彼のアメリカの選挙戦に対する興味も含めてばっさり切り捨てたのだが。。


龍氏、『友へ(チング)』についても絶賛していて、小説を読んでもたびたび感じるのだが、彼の男同士の友情への執着は、一線を越えているようだ。


小林秀雄と青山二郎の写真がある。小林秀雄は壷を両手で弄びながら眺めている。青山二郎はその小林秀雄を見ているのだが、この写真にも一種独特の感じがあるのは、白洲正子さんも河合隼雄さんも、対談の中で語っているとおりである。


昨日買った『Hiragana Times』の「固定観念を持つ日本に住む同性愛カップル」の記事を読んだ。


普段、同性愛に対してあまり壁を感じたことはなかったのだが、これは回りにそういうカップルがいなかったためだろう。


同性の結婚を民法で認める国は、5カ国。オランダ、ベルギー、スペイン、カナダ、南アフリカ。

アメリカの大統領選挙でも、同性愛結婚というのが避けて通れない話題だったりするのだが、それほどそのことは日本で取り上げられているわけではない。

まだ土壌がないからである。


携帯電話も、東京ディズニーランドも、化粧品の目を見張る発達もいままでにはなかった。


日本は、表面的な様相をみていると、同性愛とかも別に偏見がなさそうに見える。

そういう意味でポストモダンだと勘違いしている人がいるが、実はまわりにまだそういうものと対立がなかっただけの、プレモダンな意識を持った人の国だったりする。


たぶん、なにが起ころうとそれは変わらない日本人の特性で、よくも悪くもいつまでもこんな感じなのだろう。


実は、結構、自分も揺れ動いてはいる。

はたして、携帯電話も化粧も電車でするのは、適当なのか?

ディズニーを夢見る女のコは、子供なのか、母性がある大人なのか…。


結論などない。


ただ、閉塞感というのは、そういうところで育つのだという気がするのである。