WONDER 第一話は下のリンクからどうぞ!
「WONDER」--序。「始まりの快音
それでは、本編をどうぞ!!
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夏の陽射しがジリジリと照りつける。
グラウンドの上はまるで蒸し風呂の様な熱さだ。
聖櫻学園野球部、地方予選の準々決勝。
応援席には、南陽戦に増して生徒で溢れかえっている。
マスコミ、それから、スカウトの数も南陽戦を遥かに上回っていた。
聖櫻学園の相手は、県立の強豪、うるま高校である。
本命の南陽高校には及ばないものの、堅い守りと足を絡めた多彩な攻撃が持ち味である。
うるま高校は南陽高校と当たる事を予測し、様々な対策を練っていたが、実際に対戦する事になったのは聖櫻学園であった。
現在のナインとなった聖櫻学園とは過去2回対戦し、いずれもうるま高校が勝っている。
だが、これまでの相手と異なり、うるま高校は聖櫻を甘く見てはいなかった。
特に、一番打者の春賀については特にマークし、警戒していた。
緊張した空気の中、聖櫻対うるまの準々決勝が始まった。
先行はうるま高校。
聖櫻の先発の省吾は、絶好調とも言える素晴らしい立ち上がりを見せ、2三振を含む3者凡退で初回の攻撃を抑えた。
1回裏、聖櫻の攻撃。
先頭打者として、ひかりがゆっくりと打席に入り、ヘルメットを取って礼をする。
応援席からは割れんばかりの喚声が響く。
ひかりの五分刈りの頭は、女生徒達の間で評判になっていた。
それを生で見た女生徒達から、まるでアイドルに送られる様な喚声が飛んだ。
ひかりはすこしはにかむ様な仕草を見せ、応援席の方に目をやる。
すると、そこにいる麻由子と目が合った。
手を千切れんばかりに振り応援する麻由子の姿を見て、ひかりは優しく微笑んだ。
打席に立ち、投手を見据えると、表情が一変する。
ゆっくりとバットを構える。
相手投手は、慎重に振りかぶり、第一球を投じてきた。
ボール。
外角低めに外れる変化球。ひかりのバットはぴくりとも動かない。
第二球。これもボール。続けて同じコースに投げ込まれた変化球にもひかりのバットは反応しない。
第三球。今度は一変して内角高めをえぐる様なストレート。判定はストライク。
第四球。これも外角低めギリギリにコントロールされた変化球。判定はボール。
マスク越しにひかりを伺う捕手。
慎重にサインを交換し、第五球が投じられる。内角高めのスライダーだ。
ここで初めてひかりのバットが反応した。ファウル。
第六球、第七球も続けてファイルする。
第八球、外角に投じられた変化球は大きく外れ、結果はフォアボールとなった。
しまったという表情を見せる投手。苦々しく、一塁ベースに歩くひかりを見詰める。
「来たぞ!」
「ええ!」
観戦席でスカウトの利野と吉川が息を飲み、一塁ベース上に立つひかりを見詰める。
聖櫻の応援席は更に盛り上がりを見せる。皆、ひかりの走塁を知っているからだ。
投手は執拗に牽制球を投じるが、ひかりはさほど大きなリードも取らず、悠々とした帰塁を続ける。
何球かの牽制球が投じられた後、打者に向かって投じたその初球。
するするっと離塁したひかりは、快足を飛ばして二塁に走った。
キンッ!!
乾いた打球音。直球に的を絞った二番打者が、痛快な打球を放つ。見事なヒットエンドランだ。
打球は一、二塁間を破りライト前に転がる。ひかりは二塁も蹴り、悠々と三塁に到達した。
「・・残念ですね」
吉川が利野に向かって言う。
「盗塁シーンを見たかったのですが」
「まあ、そうだな」と利野が返す。
続く三番の省吾の内野ゴロの間に、ひかりはホームに還って来た。聖櫻の先制である。
ランナーは二塁に残り、続く四番の大輔のヒットで更に追加点を奪う。
結果的に、この回に四本のヒットを集め、聖櫻は3点を奪った。
省吾は絶好調を維持し続け、数人のランナーは許すものの得点を与えない。
ひかりの第二打席は、1アウトでランナーが一塁にいる場面で回って来たが、これも結果はフォアボールとなった。
二塁にランナーが居るため盗塁もなく、後続の凡退で何事もなく攻撃は終了した。
「我々の見たいものは、中々見れませんね」と吉川が言う。
「そうだな」と利野。
うるま高校の攻撃。先頭打者がセンター前にヒットを放ち、ひかりが無難に打球を処理する。
だが、うるま高校の後続は続かず、先頭打者をヒットで出塁させたものの、結果は0に終った。
「ううむ・・」
その攻撃を見ながら、利野が唸った。
「どうかしましたか?」と吉川。
「なあ、吉川君。あの南陽との試合での春賀の守備を思い出してくれ」
「ああ、あの、ヒット性の当たりをアウトにした奴ですね」
「ああ、そうだ」
「あれが何か?」
「今の春賀の守備だが・・。もし、あの時の様な守備が出来るなら、今のは間単にアウトに出来たんじゃないか?」
「・・そうですね」
「先頭打者を出すというのは、ある意味ピンチだ。それを未然に防ぐ事が出来る、アウトの価値は高い」
「そう思います」
「じゃ、何で今のを簡単にヒットにしてしまったんだろうか・・」
「なるほど。言われて見れば・・」
利野は腕を組んで考え込んだ。
--まさか、そんな事が出来る筈はない。だが、もし、後続の打者の打席を予知出来れば・・あの走者は気にする事はない、と判断できるが・・。
「まさかな」と利野は声を漏らした。
「え?何ですか?」と吉川。
「いや、なんでもない」
試合は3対0のまま硬直し、試合は中盤に進んだ。
うるま高校の投手は3回から2イニング連続で、聖櫻の攻撃を3者凡退に退けていた。
5回裏、聖櫻の攻撃の先頭打者として、ひかりがバッターボックスに立つ。
うるま高校バッテリーは、今度は一転して内角ストレート中心の攻めを見せた。
内角高めに投じられた球は、ひかりの顔に近い位置を通過した。
のけぞって避けるひかり。聖櫻の応援席からは悲鳴が上がる。
だが、ひかりは何事もなかったかの様に立ち上がり、打席に戻った。
そして、次の球を鮮やかなバットコントロールでセンター前に運んだ。ヒットだ。
湧きあがる聖櫻の応援席。
「来ましたね」
「ああ、今度こそ、見れるといいんだが」
利野と吉川も体を乗り出す。
一塁ベースのひかりは、今度は一転して大きなリードを取った。
むっとする様に牽制球を投じる投手。そして、ふたたび大きなリードを取るひかり。
何度も牽制球を投じても、ひかりのリードは大きなままだった。
そして、打者への初球に、ひかりが走る。
打者は今度は投球を見送る。やや外し気味の投球を受けた捕手が矢の様な送球を二塁に送る。
「セーフ!」
累審が大きなゼスチャーでセーフを告げる。盗塁成功だ。
「見たか」
「ええ、見ました」
「あれだけリードを取れば、盗塁は成功し易いだろうが」
「ええ、モーションを盗んだ、というわけではなさそうですね」
「何故、あの牽制をいなせるんだ」
「・・確かに、なにか不思議な選手ですね」
二番打者は送りバントを決め、ひかりは三塁に進んだ。
次の打者の省吾は、再び大きく弾む内野ゴロを打ち、ひかりはホームに生還した。4対0。
四番の大輔は大きな外野フライを放つが、あと一歩、スタンドまで届かずにアウトとなった。
試合は5回を終り、4対0で聖櫻がリード、という展開である。
ひかりの第四打席は、第二打席と同じワンアウト一塁という展開で回ってきた。
そして、結果も第二打席と同じ四球で、盗塁もなく、後続も凡退して終った。
省吾は終盤に2点を返されるものの踏ん張り、試合は4対2で聖櫻が勝った。
「今日の収穫はいまひとつ、という所だな」
と利野が呟く。
「でも、次の試合も観れますよ。あの春賀という選手には、何かを期待出来ます。不思議な選手ですね・・」
「ああ、そうだな」
「ところで、利野さん。気付いていますか?」
「何にだ?」
「今日の春賀は1打数1安打3四球です」
「そうだな」
「結果、第1戦からここまで・・春賀の打率は十割です」
「はははっ!そうか、十割打者か!」
利野は楽しそうに笑った。
見上げる空には、もう夏の雲が浮かんでいる。
太陽は肌を差す様に強烈な光を放っていた。
「WONDER」--14。「10人目の選手」へ続く