5月に書いたこの記事の続き…。
書こう書こうと思って、気がつけば4ヶ月余り。
はい。途中で飽きちゃってました(笑)
細かい経緯を書くのに飽きてしまったのよね
でも、気になってたから、
書きたかったいちばん大事なところだけ、かいつまんで書きます。
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〈これまでのあらすじ〉
5年ほど前に投資詐 欺に遭ったぶち家。
ぶちみの祖父が遺してくれた200万円(有り金ぜんぶ)を預けるも、リターンがないまま運営元が破綻。
強い怒りを感じたぶちみだったが、その感情に蓋をしたまま、ただひたすら返金を待ち続けていた。
しかし、今年に入って、ついに運営元と全く連絡がつかなったことで、5年前に蓋をしてしまった自分の怒りの大きさに気づく。
この怒りをどうにか表に出したい!
たぶん、もうどうにもならないだろうけど、何か行動を起こしたい!!
あのとき、怒りを表に出せず、何もできなかった私のために!!
…と決心した。
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で。
私が実際にしたことは、
・弁護士事務所にメールで相談
・この投資話をぶち家に紹介した夫の知人に「代わりにお金返して」って言ってみる
・夫に「謝罪がなくて悲しかった」とちゃんと伝える
この3つ。
結果は…、
・弁護士事務所から電話がかかってきて
「集団訴訟ももう終わってるし、今からお金返してもらうのは難しいよ」
と言われる。
↑でも、電話がかかってきただけで、嬉しかった。笑
・夫の知人からは
「自分が返金すると、自分の会社が潰れちゃうから、返金対応するなと会社の弁護士から言われている。
紹介した皆さんにはとても申し訳なく思っています…」
と謝罪される。
・夫からは
「あのときは200万円くらいなら働いてすぐに取り戻せる額だと思ってた」
と言われる。
というわけで、結論としては
「おそらく200万円はもう返ってきません
」
(そして、夫の謝罪もうやむやなまま…
)
だったんだけど、
モヤモヤと引きずっていた200万円への未練が消えた!!


びっくりした。
あんなに引きずってたのに。
あんなにずーっとモヤモヤしてたのに。
自分に向き合って、
自分の中、奥深くまで潜って、
あのときの怒りをちゃんと見て、
本当はどうしたかったのかに気づいたら…、
モヤモヤが消えた!!

お金は返ってきていないままなのに。
このモヤモヤは、お金が返ってくるまで消えないと思ってたのに。
それは、
怒りと悲しみをちゃんと直視した時点で、
私の気がほぼ済んだから。
無かったことにしていた感情をちゃんと見てあげたら、
私の心はそれだけで癒されて満足したの

だからね、その後に起こした行動はオマケだったんです。
あのとき本当はそうしたかったことを形にして、区切りをつけたかっただけだなーって今になって思う。
というわけで、このシリーズを通して、私が何を言いたかったかというと、
「見る」って大事


だということ。
例えば…、
「ずーっと失恋を引きずってて、忘れられない彼がいる」
とか、
「子どもの頃にいじめられたせいで、今でも人づきあいが怖い」
とか、
そういう
「何かを握りしめて手放せない」
みたいなときって、
自分で蓋をして無かったことにした感情があるんじゃないかなーってこと。
「重い女だと思われたくなくて、悲しい、別れたくないって彼に伝え切れなかった」
とか、
「いじめられてるときに助けてほしかったけど、親の前で泣きたい気持ちに蓋をして普通にふるまってた」
とかとか。。
そういうわかりやすい例だけでなく、
日々の些細なことでも。
何か自分でも気づかないうちに封印しちゃった感情があって、
それが、心の奥底で気づかれるのをいつまでも待ってるんじゃないか…と思います。
モヤモヤ
は、きっとそのサインなんだなーと。
忘れられないと思っていた
「大好きだった彼」も
「いじめられた記憶」も
「失った200万円」も
モヤモヤをちゃんと見るだけで、
サヨナラできるときが来るんだなーと。
自分を愛する・大事にするってことは、
そうやって、日々、自分の感情をないがしろにしないでちゃんと見るってことなのかな、と思いました。
「自分を見る」
この大事な視点を私に与えてくれたのは、
両角望さんのセッションだなー。
いろんな方のブログ、本、セッション、
あらゆるものに導かれて、
私は日々、私に還って行っている気がします。
ありがたいことです

「自分を見る」旅はまだまだ続きます。