新しい時代を願うのか60年前の癸卯の年も「徳川家康」ブームでした。
60干支は算命学の基本で、今年はどんな年になるか?を占う時には、
干支の意味と60年前には何があったかを調べます。
今年の癸卯は干支NO40、癸(みずのと)は陰の水で雨や雪、川など。
卯は門が開くの意があり、新たな流れ、新たな時代を開くの意味があります。
60年前の癸卯の年に山岡荘八著の「徳川家康」がベストセラーでした。
明治の新政府が徳川幕府を倒したせいか、戦国を納めた最強の大将だったのに、人気なかった徳川家康がブームに。
私も読みましたが、戦国を治めた戦い編は覚えていますが、江戸造りの編は忘れました。
今年の大河が「どうする家康」のせいか、正月番組でも「家康」が取り上げられていて、
私も太平の世を260年も維持して住みやすい江戸の街づくりをした徳川家康に興味を持って最近は読み漁っています。
まず、凄いと思うのは「治水力」。
頻繁な洪水のため、低湿地帯だった江戸を利根川の流れを変えたり、山を切り崩して埋め立てして街づくり。
井戸を掘っても塩水しかでない江戸の街に井の頭公園から上水道ををひいた家康の街づくり。
今みたいな掘削機もブルドーザーもない時代に利根川の流れを変えるなんて本当にびっくりしました。
群馬の水上奥を源流とする利根川を埼玉から茨木千葉と流れを変えて鹿島灘に注がせるなんて
よくも考えたものです。考えたのは家来の一人(伊那忠次)で子孫に引き継いで完成させた。
治水だけでなく荒れ地の関東平野に田畑を増やすこともできた。
上水道は三鷹の近くの井の頭付近で良い水を見つけたのは鷹狩の時の家康本人(?)かもしれないが、
その水で茶を入れてくれた土地の名主の内田六次郎に普請を命じた。
上水工事を野方堀り~江戸では立体交差~
大久保藤五郎、六次郎ほかの家康家臣たちが歳月をかけて完成させた江戸の上水道は、
江戸の庶民たちにどれほどの恩恵を与えたか?
江戸が当時世界一の都市になって行くのは当然のことのような街づくり。
家康の世からは400年以上で近代的になった現代でも、
地球温暖化のせいとか線状降水帯のせいとかで洪水を防げない現状。
停電すれば上水道が使えない現状。
土を掘る掘削機も土や石を運ぶダンブカーもこんなに便利になったのに、
時間がかかりすぎる公共事業。
なにもない泥沼の関東湿地帯を住みやすい街づくりをした家康の政治力に政治家は学んでほしい。
癸の字は刃が三方に突き出していて、どちらにも突ける、回転する状態を表す。
それ自体には形を持たない雨も雪も、集まれば川にも池にもなる流動性の物。
可能性と柔軟性があるのですが、大量に集まると器から溢れて洪水になる水。
どんな形にもなる水はあらゆる可能性を持ち、変化する。
新しい年は知識や知恵で変化できる年。可能性にチャレンジする年。
癸は古典から伝統から学んで変化するの意味があるので、
大いに古典や伝統に注目しようと思います。