娘が中学生のころ 夜中に目が覚めて ふと私の通勤バックに目をやると
二つ折りの紙が。「何?」と思って開いてみると
そこには、娘から私に対する恨みつらみがつづられていました。
実はその前日、あまりにも成績が悪い娘に対し、
「やる気がないのはなぜか?」
「そんな成績で、恥ずかしくないのか?」
「このままでは、退学になるかもしれないし、高校に進級させてもらえない!」
と、𠮟責し、
「あなたの授業料や塾代を工面するのに、どれだけしんどい思いをしているか分かる?」
と、激詰めしたんです。
手紙の内容は
「そもそも、中学受験は自分が望んでしたことではない!」
「頼んでもないのに、塾に入れてお金がもったいないとか意味わからん」
「自分だけ悲劇のヒロイン気取りでバカみたい」
と、実際にはもっとひどい言葉が書きなぐられていました。
それを読んで私がショックをうける・・・ことはなく・・・
「やっぱり そう思っていたんだ・・・」
でした。中学受験に合格して、友達がたくさんできて楽しく通学できていましたが、
だんだんと学習についていけなくなったことは本人も分かっていながら、
「もう、しんどい」と言えずに苦しんでいたのだと思います。
さらに、私があまり驚かなかった理由は、
私も親に呪いの手紙を書いたことがあったから![]()
私はその手紙を親に見せることはなく、書いては破って捨てていたのですが、
父親がイヤすぎて「もう嫌!」「なんでこんな家にうまれたんだろう」「〇ね!!」と書いたことも。
あんなに嫌だった父親と同じことを娘にしていたんだなぁ・・・
私もイヤイヤ勉強をさせてられていたけど、多少がんばったおかげで今の生活があるのだと思うことで
「勉強さえできれば、将来は幸せに生きられる!」という思い込みをしてしまったのでしょうね。
そして、勉強をしていないと怒られる!という幼少期の私の記憶が潜在意識に刻まれていて
勉強しない娘を見てザワザワが止まらなかったのでしょう・・・
気付くのが遅すぎましたね(;_;)
翌朝、その紙は私のバックから消えていました。
その後、無事高校に進級し、希望の大学に合格も果たしました。
信じて見守るだけでよかった。。。
コーチングや心理学の学びを経て、振り返れば、反省ばかりの子育てでしたが、後悔はしていません。
その時は必死にこどもの将来を案じてした行動であり、そのベースには間違いなく愛情がありましたから。
今月誕生日を迎えた娘に
「おめでとう!美味しいもの食べにいこう!」
とメールをしたら
「社会人になったから、私がおごるよ!」
と返信がありました。
泣いてもいいですか?( ;∀;)