とにかく結婚したまえ。
良妻を持てば幸福になれるし、悪妻を持てば哲学者になれる。

                                                 ー  ソクラテス  ー






教会には、人が既に座っていた。

大勢ではない。

前方から三列しか埋まってなかった。



風「どこ座るの?」



風が不安そうに小声で聞いてきた。



あたし「調べたところ、前方から家族、親戚だから…でも他に人来てないから、前に詰めるべき、だよね」

風「じゃ、四列目か」

あたし「やばい。ワクワクしてきた」

風「良いな。俺めっちゃ緊張してる」

あたし「なんでよ。そんなに仲良いわけじゃないんだから緊張しなくても」

風「なんかわかんないけど緊張する。友也のせいかも」

あたし「ちょ、こんな時に友也出さないでよ!?」

風「友也、ずっと起きてて見てる気がするんだけど。こういう畏まった席って友也苦手みたい。友也の緊張が伝わってきて俺まで緊張してきた」

あたし「友也……わざわざ起きてきて勝手に緊張しないで欲しいわ……」

風「愛美は?まなみとかナイトの気配感じないの?」

あたし「全然?まなみは男好きだから、結婚なんて興味ないんじゃん?逆に縛られる!って結婚したくなさそうな気がする」

風「本当、俺の別人格の未来と同じだね。
典型的な解放人格か」

あたし「浮気さえしなければいいんだけどさ」

風「それな」



神聖な「結婚式」だというのに、

「浮気」という言葉を出してしまって、罪悪感に襲われた。

小声だから聞こえてないとは思うけど。

それにしても、アイナさんの旦那さんになる人はどんな人なんだろ!

同じ組織の人って言ってたからリベルテだろう。

HALの事を気に入ってたアイナさんが、HALから乗り換えたぐらいの男だ。

とんでもないハイスペックなイケメンなのか

それともとんでもない優しくて素敵な性格をお持ちなのか。

……とはいえ、前にチラッと聞いた時は

アイナさんに禁煙を要求してきたって言ってたよな。

お金の使い方にもうるさくて、そこがネックみたいな事言ってた気がする。

確かに男がタバコ吸わなくて、彼女が吸ってたら嫌だろう。

とはいえ、それでも好きならば少しぐらい広い心で接して欲しいものだ。

だけど、タバコは確かに体に害があるし

妊娠したらどっちみち禁煙することにもなる。

それなら、彼氏さんが禁煙を勧めるのも

「優しさ」なのかもしれない。




風「やばい」

あたし「今度はどした!?うんこ出そう!?」

風「サトシが出そう」

あたし「そっち!?てか何ゆえサトシ!?」

風「サトシも結婚式というものに興味があるみたい」

あたし「興味あるからって出てこないでよ!?サトシ!聞こえる?中から見てるだけにして!」

風「うるさっ!耳元で小声で大声出さないでよ!」

あたし「小声で大声って何その盛大な矛盾」

風「あ!始まるみたい!」



パイプオルガンの演奏が始まった!!

リナの教会で、HALがパイプオルガンを弾いたのを思い出した!

猛烈に胸がときめいた!

HAL、めちゃめちゃカッコ良かったなぁ。

結婚したらパイプオルガン買ってもらって毎日演奏してもらいたいなぁ。

扉が開いた!

ワクワクが、ドキドキに変わっていた。

あたしまで緊張してきた!



扉が開いて、入ってきたのは

アイナさんと、かなりの歳をとった男の人。

この人が婚約者なのか!

ん?

なんか違和感が……。



風「あの人が旦那さんになる人か。年の差婚なんだ」

あたし「んーっと?その割に歳取りまくってない?」

風「そお?愛美、俺の事好きだった時年齢差は関係ないとか言ってたのに急にどした?」

あたし「あ……あれ違うよ。新郎じゃない。アイナさんのお父さんだ!」

風「ほえ?」

あたし「そうだよ、確かお父さんとバージンロード歩くんだよ!で、新郎に引き渡す……それが一番泣けてくる瞬間だもん!」

風「へぇ。そうなんだ。バージンロードって処女じゃなくても歩けるんだ」

あたし「アホ!」




でも、違和感がまだ消えない。

何の違和感だろう。

拍手の中、新婦のアイナさんは照れくさそうな顔をして、あたしたちの前を通り過ぎた。

あたしは思いっきり力強く拍手をした。

やだ、泣けてくる。

あたしも早く結婚式がしたい。

こんなん歩くだけでも、あたし泣いてしまうかもしれない。

で、ここでお父さんが娘を新郎に引き渡す……。



あ。



やっと違和感の正体がわかった!

普通は最初に新郎一人だけが入場するんだ。

そして、新郎が一人で待つ。

そこへ、お父さんと娘である新婦が入場し

お父さんが新郎へ娘を渡すんだ!

なのに、お父さんと娘が先に入場?

最近の結婚式は、方式が変わったのか?

それともこのお父さんだと思ってる人が

実は新郎なのか?



風「いいなぁ。結婚式…俺も出来るのかなぁ」

あたし「風なら出来るよ。カッコイイから選り取りみどりだし」

風「いや。その頃まで生きてるのかなって」

あたし「な……!」

風「どっちにしろ、白血病の男なんて誰も選ばないよ」

あたし「バカ……!結婚式終わったら説教しまくってやる……!」



そんな悲しいこと言わないでよ。

愛があるなら、病気なんてどうにでもなる……。

いや。確かに将来を考えると、怖いかもしれない。

あたしなんて白血病でもないのに、HALと結婚して浮気されたらと思うと恐怖だ。

起きてもいない未来の事なんて考えてるからいけないのはわかってるのだけど。

どうしたらあたしは自分に自信が持てるようになるのだろう。



風「旦那さん入ってこないね」

あたし「新郎入場……こんなに遅かったっけ」

風「なんかトラブったのかな。ズボン破けたとか」

あたし「んな風じゃあるまいし」

風「は?俺ズボン破けたことないけど!」

あたし「なんか風ならいつか破けそう」

風「いつかってなんだよ!前科があるならまだしも!」

あたし「いや、待てよ?まさかだけど逃げられたとか……?」

風「ええ!?」

あたし「なんかドラマとかで良くあるじゃん。元カレが結婚するなって飛び込んできてウェディングドレス姿のまま元カレと逃げ出すってやつ。その元カノバージョンとか」

風「ちょ、愛美声でかい」



本当に遅かった。

数十秒?何分?

アイナさんとお父さんらしき人も、振り返って不安げな顔をしていた。

まさか、ガチで逃げられた……!?





パンッ



紙袋が破けたような音と共に、教会のライトが消えた!




あたし「てっ、停電!?」

風「うそ。雷とか鳴ってた?」




ステンドガラスから、美しい光が差し込んでくる教会。

電気が消えた方が、神聖なムードがあって美しかった。

なんだ。

そういう演出なのか。

だけど、何かまた違和感がある。

ライトが消えるという演出で、あたしと風だけが驚いていたのだ。

前にいる三列目までの家族や親戚たちは微動だにしていない。

まるでそういう演出があると、知っていたかのように。

暗くなっても、変わらず流れるパイプオルガン。

何も気にしていない、参列者たち。

異様な光景だった。

そして、ふと気がついた。

四列目以降、あたしと風以外に誰も座っていない。

友人を一人も呼んでない……?











「遠くまでよく来てくれたね」











男の声が、教会中に響く。

マイクを使ってる?

パイプオルガンが演奏をやめた。

また、違和感が。

「遠くまで良く来てくれました」

じゃなくて

「良く来てくれたね」?



風「……やっぱり怪しいと思った……」

あたし「な、なに今の」




目の前の参列者たちが、一斉に振り返り

あたしと風を見た。

心臓が凍りついた。

なに、この目……。

ロボットかのような無表情で、全員があたしと風を見ている。

そして、また教会内に男の人の声が響いた。




「絶対に暴れるなよ、風愛友?」




あたし「ふがっ!?」

風「愛美!!」



前にいた男三人が突如立ち上がり、あたしを羽交い締めにした!



あたし「は、離しっ……!」

マイクの声「大人しくすれば何もしない」

あたし「……!」

風「…………」



聞いた事ある。



あたし「こんな所で……」



Lowyaの声だった。