保守主義者が常に愚かであるとは限らないが、愚者の最たるものはきまって保守主義者である。

                             ー  ジョン・スチュアート・ミル  ー






20XX年  4月20日



アキラは、アメリカに旅立った。

次に会えるのは二年後だ。

もしくは、あたしとHALが結婚式を挙げれば会えるけれど……。

そんな日は、来るのだろうか。




あれから普通に現地解散をし、HALは遥々あたしの家まで送り、またトンボ帰りをした。

遠距離恋愛は辛い。

同棲してた、あの頃に戻りたい。

いや、結婚したい。

だけどあたしは、就職しなければ……。



「なんで愛美ちゃん、そこまで就職に拘るの?」



マモルは不思議そうに後部座席から聞いてきた。



あたし「いや、だって社会人やらないでいきなり王子様と結婚なんてやばくない?」

マモル「別にそんなの気にしなくていいと思うんだけどなぁ」

レイジ「まあまあ。そこは愛美ちゃんの考えなんだから口出しするのは野暮でしょ」

マモル「まーそうだけどさ」

レイジ「ていうか風邪ひいてたって聞いたけど大丈夫なの?」



レイジは運転してるから前を向いたまま聞いてきた。



あたし「大丈夫だよ。気管支炎にもならなかったからすぐ治った」



今日は、マモルとレイジと新世界の本部に行く。

契約書も交わしたし、特に何するかは聞いてないけれど初出勤ってやつだ。



マモル「気管支炎?愛美ちゃん気管支弱いの?」

あたし「気管支炎ってみんななってるよ。風邪ひいて咳出るじゃん。あれが気管支炎」

マモル「ええ!気管支炎って風邪の事なの!?」

あたし「そそ。風邪の菌だかウイルスが口から入って繁殖して喉が痛くなるじゃん?
あれは上気道炎なわけ。熱が出て、喉が痛くなる」

マモル「ふむふむ」

あたし「で、そこで食い止められれば三日ぐらいで風邪は治る。
だけどその菌が気管支に入ると、気管支で炎症が起きて、咳が出てくる。
それが気管支炎で、そうなると治るまで一週間とかかかる」

マモル「ほえええ……てことは風邪ひいて咳しまくってるのは風邪が悪化して、気管支炎ってことになるんだぁ。じゃみんな気管支炎になってるってことか」

レイジ「確かに、喉が痛いな、風邪ひいたかなーって思ってて三日ぐらいで治って気のせいだったのかなって時あるよね。
それがつまり、上気道炎で食い止められたってことなんだ」

あたし「そそ!さすがレイジ。飲み込み早い!上気道炎が悪化すると気管支炎に。
気管支炎が悪化して菌が肺まで行くと、肺炎になるわけよ」

マモル「愛美ちゃん詳しいね……さすが看護師目指してただけある」

あたし「いやいや、これは普通な気が」

マモル「それ言ったら俺たち超アホって事じゃん」

あたし「いやいや、アホっていうか単に風邪に対して興味なかっただけでしょ。
興味ない事には人間詳しくはならないし」

マモル「愛美ちゃんいつになく優しー!」

あたし「いつになくってどういう事よ。いつも優しいよ」

マモル「そっかなー?」

あたし「……人って変わるからかな」

マモル「そうだね、変わるよね」



知らないうちに、自分の性格も変わっていくのかもしれない。

性格って変えようとしてもなかなか変えられないけれど

それでも付き合う仲間たちに感化されて、自分でも気が付かないうちに変わってるのかもしれない。

アキラのように。



レイジ「だけどアキラさんがまさか居なくなるなんてね」

あたし「こわっ!レイジあたしの心読んだ!?今アキラの事考えてた!」

レイジ「え、そうなの?それはすごいシンクロだね」

マモル「だよねー。ユニバ行った時なんも言ってくれなかった…でもアメリカ本場のユニバはどうこう言ってた気がするけど」

あたし「言ってたね。確かに」

レイジ「いいな、俺も大阪行きたかった」

あたし「今度みんなで行こうよ」

レイジ「そうだね。ちゃんと休み合わせて」

マモル「でも俺は絶叫系は乗らないからね!?」



そんなこんな話をしていたら、もう新世界本部の近くまで到着した。

新宿駅。

毎回思うけど、良くもまあこんなゴチャゴチャと人が多いところを運転できるもんだ。

コインパーキングに車を停めて歩いていると、バスタが見えた。

初めてリベルテ本部に呼び出された時、HALと風とLでここに来たなぁ。

バスタでバスを見て、風とLは「ユニバに行きたい」と大騒ぎしていた。

それは、叶えられたんだ。

あの頃の夢は、叶ったんだ……。

夢が叶ったというのに、なぜか感謝出来てない自分がいる。

「ユニバだ!夢が叶った!」と思っていなかった。

それはそれで寂しい。

小さい夢……だったのかもしれない。

もっと大きい夢に、小さいから潰されて消えてしまった?

そして、あの日HALが言った言葉も忘れられない。

「今夜はずっと一緒にいたい」と。




マモル「何ニヤニヤしてるの?」

あたし「ふぇっ!?ニヤニヤしてた!?」

マモル「気持ち悪いぐらいニヤついてた」

あたし「い、いや、前にここ風とHALたちと通ったなって思い出して!」

レイジ「そっか、確か愛美ちゃんのブログで見た気がする。Lがエレベーターでオナラしたんだって?」

マモル「あぁ!異臭騒ぎってやつか!」

あたし「み、見てやがったのね……あのブログ……てかあんな昔の記事、良く覚えてるね……」

レイジ「いや、あれ普通に面白かったもん。実はHALがオナラしてたんだったらもっと面白かったのに」

マモル「確かに!犯人HALだったら俺笑い転げてる!!」

あたし「HALはオナラしないよ」

マモル「するわ。人間だもん」

レイジ「愛美ちゃんの前ではしてないって事でしょ。紳士なHALらしいよね」

マモル「俺は普通に彼女できても、彼女の前でオナラしまくりたいけどなぁ」

あたし「え、彼女がオナラしても気にしないの?」

マモル「気にしないよ!それどころか顔赤くして恥ずかしがってるの見たらめっちゃ惚れ直すかも!」

レイジ「……わかる気がする」

あたし「それはちゃんと恥ずかしがってるじゃん。恥ずかしがらずにズボボボボッてとんでもないオナラしてたらどう思うの?それでも萌えるの?」

マモル「そ、それは……ちょっと。恥ずかしがるまでがセットでお願いしたいかな」

レイジ「……わかる気がする」

あたし「でしょ?出たら出たで仕方ないけどさ、普通に彼氏の前でブッブブッブオナラしてるのは良くないよね?」

マモル「まぁ……確かに……」

レイジ「そんな話をしてる間に着いたけど」



新世界本部に着いた。

ここはリベルテ本部とは違うビルにある。

自社ビルではなく、近々移転するとは言っていたけれど

汚い雑居ビルで、とてもじゃないけど秘密組織の本部とは思えない。

信用管理センターのほうが、よっぽど綺麗で大きいビルだ。



レイジ「ここの五階だって」

マモル「随分と……汚いね。ネズミ住んでそう」

あたし「大丈夫?誰かの罠とかではない?」

レイジ「大丈夫だと思うよ。ちゃんと進さん本人から送られてきた住所だし」

あたし「それならいいんだけど」



狭くて汚くてカビ臭い、エレベーターに乗った。

もし今巨大地震が起きてこの空間に閉じ込められたら、あたし発狂してしまうかもしれない。

ガタガタミシミシいってるし、一刻も早く降りたい。

なのにこのエレベーターめちゃくちゃ昇るの遅い。



マモル「愛美ちゃん顔色悪いけど、閉所恐怖症なの?」

あたし「わからん。閉所恐怖症というより臭い所恐怖症かも」

レイジ「ここ臭い?」

あたし「うん、カビ臭い」

マモル「犬なみに鼻いいねぇ。確かにいい香りはしないけどさ」



ポーン♪



良かった!地震起きなくて!!



降りたらすぐ目の前に汚いドアがあった。

特に防犯カメラとかも見当たらず、普通のインターホンだけがあった。

……こんなセキュリティ甘々で大丈夫か?

リナの城とか見慣れていたからか、妙な不安感に襲われる。

でもその不安は杞憂だった。

ちゃんと進と美鈴さんと知らない大人たちが出迎えてくれた。



進「良かった。わかりずらい場所だったでしょ」

レイジ「大丈夫でしたよ」

進「とりあえず中に入って」

あたし「お邪魔しまーす」



外観に反して、中は意外と広く綺麗だった。

臭くもない。

良かった。

コーヒーをいれてくれて、あたしは更に落ち着いた。

だけど進の口から、突然思ってもない言葉が出てきた。




「Lowyaと平和協定を結んだ」




平和協定!?

国交か!!