長く続いた友情なのに、別れるときはあっというまである。

                       ー  フリードリヒ・フォン・シラー  ー






アキラはハグを解いて、すぐに中へ行こうと言った。

アキラはあまりにも寒かったらしく、震えが止まらなくなっていた。

あたしのジャケット貸すと言っても要らないと突っぱねて。

こういう天邪鬼でプライド高いところ、さすが兄弟である。

中に入ってすぐ、HALが紙袋を片手に戻ってきた。

アキラの為に買った上着が入ってるのだろう。



HAL「あれ。もうギブアップしたんですか。せっかく買ってきたのに」

アキラ「お前アメリカで風邪ひかす気か。向こうは医療費高いから病院行きたくねーんだよ」
 
あたし「あんなに金持ちアピールしてたくせにそこはケチるのか」

アキラ「いや普通に海外で体調不良とか最悪だろ!せっかく遊びに行くってのに!」

HAL「遊びに行くんですか?語学留学は?」

アキラ「お前らマジで喧嘩売るのが趣味なんだな」

HAL「わたしも困ってるんですよね。起業したばかりなのに、兄の身勝手で役員まで押し付けられていい迷惑なんですけど」

アキラ「そっ、それはまぁ…たまには自由に生きたっていいだろ!」

HAL「いいでしょう。ゆっくり羽根伸ばして帰国したら馬車馬のように働いてくださいね」

アキラ「馬車馬って……HALも最近言い方が刺々しいな」

HAL「で、兄さんは心残りはもうない?」

アキラ「なんの?」

HAL「愛美さんとしっかり話しました?」

アキラ「……けっ」



HALはやっぱり、アキラに気を利かせていた。



アキラ「心残りなんてないね。最後の最後までイライラさせてきたよ」

HAL「それは良かったです」

アキラ「さーメシ食お!腹減った!最後の日本食!」

HAL「フランス料理ですけどね」



HALの紙袋を受け取り、深い茶色のジャケットを羽織った。

……かっこいい。

最後までかっこいいと思ってしまう自分が浮気性すぎてやだ。

これで値札付けっぱなしだったら、思いっきり揶揄ってやったのに。

展望デッキからさほど遠くない、カジュアルフレンチレストランに着いた。

菫さんと新藤さんが笑顔でアキラを迎えた。

あんなにも犬猿の仲だった、この四人。

って、あたしも含めたら五人か。

でもこの四人は、家族だ。

血は繋がってなくとも、紛れもなく家族なんだ。

家族だと思っていたからこそ、憎くみあってきた。

家族だと思っていなければ、無関心で親に復讐なんて考えなかっただろう。

今は周りから見たら

「仲のいい家族」だった……。



菫さん「愛美さんまでわざわざありがとうございます」

あたし「いえいえ。逆に家族水入らずなのにあたしなんかが来ちゃって申し訳ないぐらいです」

アキラ「HALが勝手に連れてきたんだけどな」

新藤さん「愛美さんもそのうち家族になるじゃないか」

あたし「えっ」

HAL「そうですね」

あたし「えっ」

HAL「…なんですかその反応。結婚したくないんですか?」

あたし「いっ、いやっ!?」

アキラ「自信ないんだってよ、コイツ。意外とこれでも身分わきまえてやがるから」

菫さん「身分なんて。今は愛美さん以外考えられませんよ?」

新藤さん「そうだね。今更他の女性と結婚なんて…誰も信じられない」

あたし「……」

HAL「当然ですね」

アキラ「良かったな!お前もようやく認められて!結婚式には呼べよ?その時はちゃんと一時帰国してやるから」

HAL「当たり前です」

あたし「あれだけ金持ちアピールしてたんだから御祝儀弾んでくれそうだね」

アキラ「お前のそういうとこ、マジで嫌いだ」



初めてアキラと出会った日。

あたしもアキラが大嫌いだった。

アキラもあたしを、大嫌いだった。

お互いに、一生相容れない人間だと思っていた。



あたしの大好きなお肉のメインディッシュが運ばれてきたというのに

お腹が膨れてきたのと、アキラと二年間会えないという寂しさで、肉が喉を通らない。

やばい。

涙こぼれそう。

さすがにここで泣くのは恥ずかしすぎる。

菫さんも新藤さんも、アキラが自分勝手にアメリカ行くとか言い出したのに

特に反対はしていなかった。

HALもいつも通り、ポーカーフェイスだ。

アキラも相変わらず、憎まれ口叩いてばかりで

あたしだけ、悲しみの感情が顔に出てしまう。

みんな、心の中ではどう思っているのだろう。

みんな、我慢してるのかな。

なんであたしってすぐ顔に出ちゃうんだろ。

そしてデザートまで無理やり食べてホットコーヒー飲んだら

一気に死ぬんじゃないかってほどの腹痛に襲われた。




あたし「ちょ、ちょっとお手洗い行ってきます…」

HAL「トイレはあっちみたいですよ」

あたし「あ、ありがとうございます……」

アキラ「食べ慣れてない高級料理食べたから腹痛いのか」

あたし「……!」

菫さん「こら、アキラ!誰にでもある生理現象ですよ」




お腹痛すぎて言い返せなかった。

痛すぎて、真っ直ぐ立つことすら出来ない!

おなかをくの字にして、フラフラと立ち上がる。

こんなお洒落なレストランなのに最悪だ!

違う意味で泣けてきた。

トイレ行って、だいぶ苦しんでめちゃくちゃスッキリした!

10分近くトイレに篭ってて、最初は早く出ないと恥ずかしい!とか思ってたけど

もはや途中から、恥ずかしさとか言ってらんなくなった。

羞恥心とか、それどころじゃない。

これを出さないとあたしはシャバを歩けない。

フランス料理に便秘薬でも仕込まれてたのかと思うほどだった。

でも全部出したらスッキリした!

ウキウキで戻ると、もう会計は終わってたらしくみんな帰り支度をし始めた。

……お会計、いくらだったんだろう。




アキラ「もう行かないと」

HAL「兄さん、元気で」

アキラ「おう。お前もな」

菫さん「週一でどこで何してるのか連絡しなさい」

アキラ「やだわ!マザコンじゃねーし!」

新藤さん「それなら週一でHALに連絡してくれ。それを聞くから」

アキラ「何を今さら。心配してあげてる演技とかやめてくれよ」

菫さん「演技なんかじゃありません。アキラは日本にいても何しでかすかわかったもんじゃなかったし」

新藤さん「その通り。日本にいてもずっと心配してたんだから今に始まった事じゃない」

HAL「本当にそうですよね」

アキラ「最後の最後で家族全員からすげー言われようなんだが」

あたし「アキラ。絶対無理しないでよ?体調管理とか色々」

アキラ「お前が一番かーちゃんぽいこと言うな」

あたし「病気もケガもしないで、事件にも巻き込まれないでよ、それ以上は何も望まないから」

アキラ「わかったって!じゃ、俺とっとと搭乗して寝るからまたな!お前らも元気でな!」

あたし「アキラ……」

HAL「気をつけて!」

菫さん「HALに週一で連絡するのよ!!」




アキラは背を向けたまま

片手を上げて、去った。

あたし達は無言のまま、

アキラの姿が完全に見えなくなるまで見送った。

アキラは一度も

振り返らなかった。