あの人が私を愛してから、自分が自分にとってどれほど価値あるものになったことだろう。

       ー  ヨハン・ボォルフガング・フォン・ゲーテ ー






HALとカフェを出ると、アキラからいきなりHALのスマホに電話がかかってきた。



HAL「もしもし?」



HALがあたしにシーッとしながら出た。



HAL「……あぁ、今は第一ターミナルの二階にいますが」



めっちゃ嫌な予感がする。



HAL「……わかりました。今からすぐそっちに行きます」



通話を切り、助けを求めるような顔であたしを見てきた。



あたし「HAL、あんたわかりましたって言っちゃったね?」

HAL「言っちゃいました」

あたし「どうする?あたしどこかで待ってよっか?」

HAL「予約の時間まであと一時間か……いいや、一緒に行きましょう」

あたし「マジで?」

HAL「どっちみちディナーの時にバレますし。兄さんがレストランで大声で騒いでも面倒になります」

あたし「そんなアキラを幼稚園児みたいに」



でも確かにそれも一理ある。

騒ぐことはなくとも、「なんでお前がここに!?」と大声を出すのは明白だ。

アキラが待ってるという、会員制のラウンジへ向かった。

そこには家族しか入れないらしいから、アキラをラウンジの外まで出てくるようにとLINEしていた。




あたし「こんな一般市民が入れないラウンジあるんだ……」

HAL「誰でも入れますよ。普通のクレジットカードのゴールド会員以上の会員が入れるラウンジなので」

あたし「普通のって。ゴールド会員だって年会費一万とかすんでしょ?」

HAL「ゴールドじゃなくプラチナ会員ですけどね」

あたし「マウント取るなや」



アキラがニコニコしながら出てきて

あたしの顔を見た瞬間、顔面蒼白になった!!



アキラ「なななななんでお前がっ!?」

あたし「何その幽霊見たみたいな反応!」

アキラ「HAL!誰にも言うなって言っただろうが!!」

HAL「もちろん内緒にしてますよ?愛美さん以外には」

アキラ「ち、ちがっ……!コイツに一番内緒にして欲しかったんだけどな!?」

あたし「なんで黙って行っちゃうのよ!」

アキラ「う、うるせぇ!そうやってお前はうるさいから嫌だっただけ!!」

あたし「ってなんの餞別も持ってきてないけどさ。あたしもさっき知ったばかりだし」

HAL「ここだと人通り多いので向こうに行きますよ」

アキラ「マジかよ!レストランは!?予約人数は!?」

HAL「ちゃんと五名で取りましたよ」

アキラ「計画的犯行!!」



そこから、展望デッキに向かった。

うおおお!風が強い!!



アキラ「さみーな……」

HAL「愛美さんは大丈夫ですか?」

あたし「一応ジャケットあるからあたしは大丈夫だけど。アキラそのうっすい長袖シャツじゃ寒いんじゃない?」

アキラ「クソ寒い!」

HAL「大丈夫そうですね」

アキラ「寒いっつってんだろ!!」

HAL「じゃ、上着買ってくるのでここで二人で待っててください」

あたし「へ!?」

アキラ「なんでだよ!俺も行くし!」

HAL「待っててください」

アキラ「なっ!?」



HALがめちゃくちゃ怖い顔で、アキラに言った。

「これは命令だ」と言わんばかりに。

HALは気を利かせてるんだ。

最期に、あたしとアキラ二人で話せるように……。




…………この、寒い中で。




HALは早歩きで消えていった。

HALの足は長いから、早歩きするととんでもなく速い。

いつもゆっくり歩いてくれるから、HALの早歩きは違和感満載だった。



アキラ「……」

あたし「……」

アキラ「突っ立ってんのもなんだし、飛行機見るか?田舎者」

あたし「田舎者は余計だけどそうしようか」



アキラは寒そうに震えながら、フェンスの所まで歩いて行った。

これ、アメリカ着く頃には風邪ひくんじゃなかろうか。

あたしもHALも風邪ひいてるし。



あたし「おおお!飛行機離陸する!すごい!!」

アキラ「恥ずかしいな。これだから田舎者は」

あたし「飛んだー!!」

アキラ「お前は小学生か」

あたし「なんであんな重いのが飛べるんだろう」

アキラ「お前は幼稚園児か」

あたし「とか言いつつあんな重い飛行機が空を飛べる仕組みあんたも知らないでしょ」

アキラ「しっ、知っとるわ」

あたし「じゃー教えて。幼稚園児にもわかるように簡単に」

アキラ「滑走路が綺麗だなー」

あたし「誤魔化すな」

アキラ「ほんとお前ってムカつくな」

あたし「てかなんで急にアメリカなんか行くのよ……」

アキラ「……語学留学だって聞かなかった?」

あたし「そんなの日本で英会話教室行けばいいのに……病院の役員すっぽかして行くなんて……」

アキラ「海外に行きたかった。単純に」

あたし「……」

アキラ「日本にいたくない。単純に」

あたし「……」



飛行機を見つめながら言うから

あたしも釣られて飛行機を見た。

……まさか、あたしのせい?

あたしがいる、日本が嫌になった……?

そんな事言ったら、どうせ

「自惚れんな」と言うだろう。

だから

何も答えられなかった。




アキラ「金髪美女と好きなだけ遊んでくるわ」

あたし「アキラ金髪美女好きそうだもんね」

アキラ「うん、めっちゃ好き」

あたし「アキラ、あたしより先に結婚しそう」

アキラ「へへっ。かもな?英語喋れないから日本語喋れる女がいいな」

あたし「あんた…………目的は語学留学じゃないの?」

アキラ「そーだけどやっぱ母国語いいじゃん。英語喋れても理解できねーから」

あたし「あんたそれユニバでも言ってた気が」

アキラ「キスミーって言おうとして間違えてキルミーって言ってた殺されたら嫌じゃん」

あたし「ぶっ!」



あまりのバカバカしさに、思わず吹き出した自分にムカついた。

それと同時に、ユニバでは距離置かれて全然話せなかったから

今はいつも通りに話してくれて、凄く凄く嬉しかった。



アキラ「治安のいいロスに行くんだけどさ。ベガスでめちゃくちゃ金稼いで豪遊する」

あたし「ロスって治安いいんだ。カジノやってみたいなぁ。お金ないけど」

アキラ「HALに連れてってもらえよ。新婚旅行で」

あたし「新婚旅行……か」

アキラ「結婚出来るもんならしてみやがれ」

あたし「うん……」

アキラ「な、なに自信なさそうにしてんだよ」

あたし「いや……本当にHALと結婚出来るのかなって……他の女に盗られるんじゃないかって色々不安なのよ」

アキラ「まぁな。お前がHALに選ばれるなんてそもそも奇跡だもんな」

あたし「……」

アキラ「ちょ、言い返せよ!何不安そうにしてんだよ!?」

あたし「自分に自信ないんだもん」

アキラ「約束したろ。お前にしかHALは護れないって。だから早く結婚しろって」

あたし「……」




ケガしたHALの病院に、あたしがこっそり忍び込んだ時だ。

あの時、確かにアキラは言っていた。

「HALと結婚してお前がHALを守れ」と。

あたしに人生の成功者のHALを護れる甲斐性なんてない。

力もお金も権力もない。

だけど、心だけは守りたい。

心だけは、寄り添ってあげられる。



アキラ「自信持てよ。蝶よ花よと育てられたお嬢様にHALを守れる力なんてない」

あたし「……あたし、解離性同一性障害だし……」

アキラ「そんなの関係ねーよ。まなみがヘマさえしなけりゃな」

あたし「…………」

アキラ「自信持たないと、最悪な未来が来るぞ?今の自分が未来の自分を作るんだからな?」

あたし「……うん、そうだね」



アキラは寒風にガタガタ震えながら、にこっと笑顔を向けた。



アキラ「じゃ、HALが来ないうちに」

あたし「え?」



アキラが軽く、ハグをした。



アキラ「幸せになれよ?」

あたし「……うん。アキラもね」

アキラ「俺はいつでも幸せだから。お前と違って金持ちだし」

あたし「死ね」 

アキラ「最期だというのにそれ言うか」

あたし「うそ。アキラも幸せに」

アキラ「うん」



幸せになれよ。



これが、アキラの最後の言葉だった。