彼女と別れることができないのなら、せめて短い別離を繰り返すこともなく、常に彼女に会っていることはできないだろうか。
そうなれば彼の苦悩もいつか鎮まっただろうし、愛情も消えたことだろう。

                                        ー  マルセル・プルースト  ー      






20XX年  4月19日


今日はHALに誘われていた。

きっとこの前の埋め合わせのデートだ!

美容院行こうとしてたけどやめて、ワクワクしながら待っていたけど

車に乗り込んだ瞬間言われた言葉にショックを受けた。

HAL「今日は兄さんがアメリカに立つので見送りに行きます」と。

デートでも何でもなかった。

でも、デートじゃない事にショックを受けたのではない。

アキラがアメリカに行く……!?



あたし「なんでアキラアメリカに行くの!?」

HAL「語学留学とは言ってましたが、わたしも実は昨日聞いたばかりでして」

あたし「病院の役員の仕事は!?」

HAL「両親とも話はつけたみたいですが……二年後には戻っては来ると」

あたし「二年も……!?その間病院の方は大丈夫なの!?変な派閥に狙われてるのに」

HAL「どうしようもないですね。兄さんは昔から頑固ですから。その代わり二年だけ、わたしが代理を務めるはめになりました」

あたし「HALが!?弁護士の方は!?」

HAL「法人化してるのでそれは大丈夫です」

あたし「ほうじんか?」

HAL「他の人に委任してやってもらうって感じです」

あたし「な、それじゃHAL無職!?」

HAL「無職なわけないでしょう。他の弁護士の方と連携するということです」

あたし「……?」



意味が全くわからない。

わからなすぎて、何がわからないのかすらわからないから質問すら出てこない。

無職ではないってことは、経営者の座は揺らいではないってことだろうか。

これ以上突っ込んで聞くと、HALに「コイツ頭悪いな」と思われそうで黙ってしまった。

それにしても風邪っぴきのHALの鼻声が

めちゃくちゃ可愛過ぎて萌える。



あたし「風邪は大丈夫なの?」

HAL「お騒がせしました…久しぶりの風邪で結構堪えました。愛美さんも風邪だと聞きましたが治りました?」

あたし「まあまあね!朝起きると喉ガラガラだけど」

HAL「無理しないでくださいね」

あたし「HALの方こそね?」



HALの方が絶対無理してるでしょ。

Aチームの作戦の日だって、風邪ひいてるのに仕事していたらしいし。



あたし「成田空港か……まさるを見送りに行った以来だね、懐かしいな」

HAL「あ。まさるさんもう日本に戻ってきたらしいですよ」

あたし「え!そうなの!?」

HAL「今度風愛友も連れてご飯でも食べに行きましょう」

あたし「うん!」



チャラ男のまさるがどれだけ成長して戻ってきたのか楽しみだ。

余計にチャラ男になってたりして。

運転するHALを見る。

か、か、かっこいい……!!

箱ティッシュを膝の上に乗せて、片手で鼻かんでる姿すら愛おしい!

なんなのこの生物は!

高速はかなり混んでいたけど、全然余裕で成田に到着した。

駐車場に車を停めて、HALが「あっ」とした表情であたしを見た。



あたし「ん?」

HAL「兄さんには内緒でお願いします」

あたし「何を?」

HAL「兄さんにアメリカ行くこと、愛美さんには言うなって言われてたんです」

あたし「な、なんで!?アキラひどすぎ!」

HAL「……会いたくなかったんでしょう」

あたし「ひどい……」

HAL「兄さんは愛美さんの事……好きだから」



シュイイイイイイイイインと

飛行機が飛び立つ音が聞こえた。




あたし「…………」

HAL「それでも、わたしは最期に会わせたかった。兄さんは怒るでしょうが……」

あたし「HAL……」

HAL「兄さんには好き勝手されて、いつもわたしは困らせられたので、これはわたしから兄さんへ最後の復讐です。
まだ予約の時間まで二時間近くあるので、カフェでも行きましょう」

あたし「うん……」



復讐……か。

アキラがあたしに会いたくなかったなら、確かに復讐だ。

だけど、違う。

これはHALの、「優しさ」に見えた。



カフェに行き、あたしはホットコーヒーを頼んだ。

今日は暑いからアイスコーヒーにしたかったけれど

アキラに会うのに、緊張していたからホットコーヒーにした。

胸がぎゅっと締め付けられる。

二年間も、会えないんだ。

そうしたら、あたしは……まなみは

アキラのこと、忘れられるかもしれない。

アキラもきっと、アメリカの美女の彼女を見つけるだろう。

アキラの事だから、アメリカで結婚式まで挙げちゃうかもしれない。

これで大団円だ。

なのに

なのに、この寂しさは一体何だろう……。



あたし「レストラン予約してるの?」

HAL「はい。最終の夜の便なので18時に予約してます」

あたし「ご両親は?」

HAL「来ますよ」

あたし「おぉ……緊張するな……」

HAL「今でも緊張しますか?」

あたし「テーブルマナーが緊張する」

HAL「ぷっ!カジュアルフレンチなのでそこまで気負わないで」

あたし「お、おけ」



カジュアルだろうがなんだろうが、フレンチはフレンチだ。

どうせコース料理とかだろうから、HALの真似して食べれば問題ない。

菫さんも新藤さんも、そこまでテーブルマナーに口うるさいわけでもない。

でも口には出さずとも、心のどこかで

「やはり愛美さんはマナーがなってないなぁ」と思われそうで怖い。

背筋をピンとして、優雅に見せなくては。



HAL「あ」

あたし「誰?」

HAL「兄さんです。着いた?ってLINEが」

あたし「あと一時間か」

HAL「とりあえず着いたと返します」

あたし「うん」



アキラ。

これが最期なんだ。

あたしは笑顔で見送れるのだろうか。

「いってらっしゃい」と、気持ちよく言えるのだろうか。

いつもみたいに喧嘩しちゃったらどうしよう。

泣いてしまったらどうしよう。

まなみに交代したらどうしよう。




胸がドクンドクンと、鼓動を打つ。

……落ち着け、愛美。

今生の別れでもない。

二年後には、また会えるんだ。

そう、会えるんだ……!

この時は

そう信じていた。