恋に狂うとは、ことばが重複している。
恋とはすでに狂気なのだ。

                                   ー  ハインリヒ・ハイネ  ー






昨日は帰宅したら、母親からお金の事で質問攻めを深夜まで受けた。

一応、HALと同棲してる時にHALの秘書をやって稼いだお金だと嘘をついた。

HALにお礼の連絡すると大騒ぎし出す母をなんとか言いくるめ、ヘトヘトになりながら布団に入った。


2024年  4月18日



今日はマツエクしに行く日。


その後に大志、伊織ちゃん、斗希、陽介と新宿で遊ぶことになった。


起きてコーヒー飲んで準備してマツエクしたら


起きたばかりだというのに、施術中爆睡していた。


最近安定剤も飲んでないのに、良く眠れるなぁ。


寝ても寝ても寝足りないのは、ポカポカ陽気の春だからだろう。

良く眠れるというのは、きっといい事だ。

マツエク終えてまた中央線に乗り、新宿へ向かう。

Aチームの作戦決行日のあの日。

Lowyaがあたし達をまだ狙わない、と言っていたことで

学長が結果をHALに話し、あたしもSPをつけなくていいとHALに話をしたのだ。

HALは渋っていたけれど、佐藤と間宮も少しは休ませてあげたい。

なんの危険も無いのに、あんな巨体二人があたしの背後を歩かせるなんて。

いつも道行く人々の、注目の的になっていた。

それも、少し嫌だったのだ。

しかし、とんでもなく美味しそうな居酒屋に集合だった。

億万長者とかいう居酒屋だ。

ひたすら、店内は金ピカである。

それにメニューもそこまで居酒屋っぽくない。

ハンバーグとかもめっちゃ美味しそう!

これは飲めない族のあたしとしてはとても有難かった!

しかもしっかりと個室だった。

秘密の話も余裕で出来る!



斗希「Aチーム作戦成功にカンパーイ!」

みんな「カンパーイ!」



……作戦成功したのか?

という野暮な質問は誰もしなかった。

いや、Aチーム的には成功だ。

ちゃんと学長の命令を守った。

作戦は遂行できた。

単純に、Lowyaに「Aチームでしょ?」と聞かれたのは、Aチームがヘマしたわけではなく

Lowyaの情報収集能力の方が上だったというだけである。



斗希「いやー、それにしても最後ヒヤヒヤしたよね!まさか学長と風愛友さんと愛美さんまで出てくるとは!」

陽介「ほんとそれ!暴れだしたら俺たちも加勢するのかなって内心ヒヤヒヤしてた」

あたし「そもそもなんで学長出てきたのよ。トイレ隠れてるってLINEしておきながら」

大志「学長がトイレに隠れてたら、政治家たちも普通にトイレ行ったんだよな。
そこで鉢合わせしてよぉ、雄大ではないか!久しぶりだなぁ!みたいに連れられてきたらしいよ」

あたし「めちゃくちゃドジやん!!あたしなんて男子トイレの個室に篭ってたよ!?」

大志「男子トイレ!?」

斗希「な、なんでわざわざ男子トイレ…」

あたし「知らんがな!川嶋と風に無理やり連れ込まれた!あたしだって女子トイレの方が安心したのに!」

伊織「男子トイレは嫌ですよね、あちこち変なバイ菌飛んでて汚そう」

陽介「い、伊織ちゃん……さすがにホテルだから綺麗だと思うよ?」

あたし「しかも一人置いてかれたんだからね。わざわざ男子トイレに。置いてくなら女子トイレにして欲しかったわ」

伊織「そりゃそうですよね」

大志「で、なんで愛美は笹野さんたちと一緒に登場した?ま、まさか」

あたし「そのまさかよ。男子トイレに普通に笹野と古谷が入ってきた」

大志「見たの?二人の」

あたし「見とらんわ!!個室にいたってゆうたやん!!」

陽介「でも出ていったってことだよね?驚いてなかった?」

あたし「そりゃ驚いてたわ。小便器ってやつがあるのに、ここ女子トイレ!?って二人して顔面蒼白になってたし」

大志「……普通そうなるわな」

斗希「ちゃんと用を足したあとに出ていったってこと?」

あたし「男性陣はなんでそういう下ネタ大好きなのさ…当たり前でしょ?……たぶんだけど……」

大志「お前自信なくなってるやん」



言いながら自信なくなってきた。

果たしてちゃんと用を全て足し終えてからあたし出たっけ?

「ふうあいゆう」という単語が聞こえた瞬間飛び出したから、記憶にないや。

正直に言うと余計にみんなから突っ込まれそうだから黙っておいた。

それにしてもこのハラミ、美味しすぎて涙が出そう!

最近やたらと食欲旺盛だ!



陽介「愛美ちゃん、凄い幸せそうに食べるねぇ」

あたし「こ、これ同じの頼んでもいい?美味しすぎてやばい」

斗希「もちろん頼みな頼みな!この二人パチスロで大勝ちしたらしいからね!」

大志「バラされたっ」

陽介「大勝ちって言っても8万だけですよ?」

あたし「ゴチになります!!」

伊織「8万は勝ちすぎでしょ」

陽介「大志くんの方が凄かったよね?13万勝ち」

大志「いや、2万使ってるから11万勝ちですって」

あたし「ええ!ちょっと頂戴よ!」

大志「なんでだよっ」

斗希「パチスロで勝ったー!って自慢するってことはご馳走してあげますー!っていう意味だと僕は思ってる」

あたし「激しく同意」

伊織「そうですよね。自慢するなら奢らないと」

大志「みんなして酷いなぁ」

陽介「大丈夫大丈夫、そのつもりだったし。だからこんな高い居酒屋予約しといたんだもん」

あたし「胃袋破裂するぐらい食べてやろ」

伊織「そうですね!なんならテイクアウトで持ち帰りましょ」

陽介「テイクアウトはやめてもらえませんか……」



食べすぎた。

本当に食べすぎた。

奢りだと聞いて、調子乗りすぎた。



あたし「ぎもぢわるい……」

大志「大丈夫かよ、酒も飲んでないくせに」

あたし「ちょっと外で立ってピョンピョン跳ねてくる」

陽介「いよいよ本物の酔っ払いみたいだね」

あたし「アルコール一滴も飲んでないけど夜風に当たってきますわ」

大志「俺も付き合うよ」

あたし「えっ!?」



思わず伊織ちゃんを見た。

伊織ちゃんはどこ吹く風で、普通にサワーを飲んでいた。



陽介「だね。ここは別に危なくないけど、一応新宿だし誰か付き添ってれば安全」

斗希「とか言いつつお金払わないでバックれないでよ?」

陽介「いや!それは勘弁!!絶対戻ってきてね!?俺一人で払ったら勝った金全部なくなる!!」

大志「戻りますって!」

あたし「……」



伊織ちゃんは、もう大志のこと諦められたのかな……。

大志とあたしは、店の外に出た。

新宿駅東口。

ギラギラしてる、ネオン街。

あまり、あたしはこちら側は好きではない。

新宿駅周辺は、人が多すぎるし飲み屋とかキャバクラやホストだらけだし、

お酒飲まない人間からすると、特に惹かれるようなお店もない。

キャッチやナンパもめちゃくちゃ多いから苦手だ。

あたしはちょっと離れた、西新宿が大好きだ。

あそこら辺は大企業のオフィスビルばかりで、大企業に勤める人達のためにお洒落なレストランがたくさんある。

新宿中央公園はとても綺麗な公園だしお洒落なカフェもたち並ぶ。

高級ホテルやパン屋さん、お洒落なレストランやカフェがたくさんあって

ビルには噴水やオブジェがたくさんあるし、景観が抜群にいい。

あたしみたいな田舎者が電車で新宿に来ると、「うわ、汚い街!」と思いそうだけど

駅から少し歩いて西新宿まで出ると、そこは別世界なんだ。

だから「新宿は汚いから嫌い」と言ってる人は、是非とも西新宿まで歩いてみて欲しい。

都心の巨大ビルの麓で、巨大ビルを見上げながらお洒落なカフェで飲むコーヒーは、なかなかのものである。



大志「愛美、家から遠いのにわざわざここまで来てもらってごめんな?」

あたし「大丈夫大丈夫。マツエクついでだったし、久しぶりだからたまには都心もいいよ」

大志「田舎だもんな、お前の地元」

あたし「やかましいわ。でもどうせ来るなら今度は西新宿がいいな」

大志「西新宿?って、西武新宿のほう?」

あたし「ちゃうちゃう。普通に駅から降りて西に向かった高層ビル群だよ」

大志「あー!リベルテの偉い人たちが良く使ってる高級バーとか沢山あるところか!」

あたし「そうそう。でもゆうてそこまで高くないよ?コーヒーだってよっぽど渋谷とか代官山のほうが高いもん。オフィス街で働く人達のために、コーヒーも普通の料金どころかお得なほうだしさ」

大志「まぁそっか。愛美は酒飲まないもんな。じゃあさ、二次会二人で西新宿行ってみる?」

あたし「……いや、いい。明日HALと会うし早く帰る」

大志「……そっか」

あたし「うん」

大志「……」

あたし「……てか、伊織ちゃんは完全に諦めたのかな?」

大志「しっかり断ったから、諦めたんじゃない?LINEも来なくなったし」

あたし「本当に好きだったのに、そんな簡単に諦められるのかな」

大志「諦められるわけないよな。俺だって愛美のことまだ諦めきれてないし」

あたし「…………」

大志「女々しいよな。明日HALさんと会うって聞いただけでなんか心がイラッとするし。諦めきれたらどんなに楽になるのか」



大志の気持ちは、受け取れない。

だけど大志の気持ちは、理解できる。

もしあたしがHALに振られたとして

そう簡単に諦められるのだろうか。

別れた後にHALが新しく彼女ができたなんて聞いたら

あたし、気が触れてしまうだろう。

人を好きになるってことは、そういう事なのだ。

両思いになれれば、幸せ。

失恋したら、不幸。

単純明快だ。

恋愛をしていない時のほうが、みんなニュートラルな気持ちで生きていられるのだろう。

フラットな感覚で、冷静に物事を考えられる。

あたしは特に、恋愛依存症だから

その「フラットになる」という心の状態は難易度が高い。

あたしはHALと別れることなく

このまま、ハッピーエンドに進むのだろうか……。