何か一つ趣味をもたない限り、人間は真の幸福も安心も得られない。

                                  ー  ウィリアム・オスラー  ー






非常階段の扉が開いた。

その先には

誰も、いない。

川嶋の後ろに風。

その後ろにあたし。

あたしの後ろには工藤がついている。

あたし以外は最強メンバーである。

だから特に心配はしていなかった。

それよりも、学長、Aチームのみんなが心配だった。

グループラインでは誰も発言していない。

それが一番の恐怖だった。

見た感じでは、普通に廊下が続いていて

お客さんもホテルマンも誰もいなくて、変なことはなかった。

逆に誰もいないのが怖かったりもする。

川嶋は周囲を気にしつつも、かなり大胆に早歩きだった。

風もキョロキョロしながらも

時々見える口元は、グイッと口角が上がっていて嬉しそうに見えた。

幸せそうな顔しやがって。



数秒で、ついにロビーに到着してしまった。

ロビーのカフェは静かだ。

そして、カフェにはAチームのメンバー達が普通に座っていた。

ただ、談笑してる演技をしてるんだろうけど

みんな顔が引きつっていた。

もう少し演技のレッスンさせてから出演させたほうが良かったのではないだろうか。

その時、富士急ハイランド誘拐事件での風の棒読み演技を思い出して

ふと笑いそうになってしまった。

風をこの中に入れなかったのは、ある意味学長は能力のある指揮官なのかもしれない。

ザッと見渡してみても、Aチームメンバー以外に政治家らしき人物は座っていない。

その時、スマホが震えた!




学長「なぜ降りてきた!」




バレた!

一気に既読が30以上ついた。

そしてAチームメンバーがチラチラとこちらを見る。

明らかにあたし達へのメッセージだった。

川嶋が風愛友の腕を

工藤があたしの腕を掴み、近くの大きな花瓶だか壺みたいなものの陰に押し込んだ。



工藤「緊急事態かと思い降りました」
工藤「雄大さんはどこにいらっしゃるんですか」


既読がまた一気に30以上つく。

異様な光景だ。



学長「一階フロント前」

学長「緊急事態とは?」

工藤「了解。怪しい五名のスーツの男を発見しました」



すると、学長からの返信が来なくなった。

確認してるのだろうか。




あたし「現場にいるのに気づかなかったのかな」

川嶋「いや。五名の男はフロントから来なかった。ホテル内部から来たから雄大さんは気づかない位置にいる」

工藤「上からのモニターなら簡単に確認できるけど、同じ階からだと見えないだろう」

あたし「ホテル内部から……?」

風「それダントツで怪しいじゃん」




顔だけ出して、カフェを見渡す。

確かにどこに五人の怪しい男がいるのかわからない。

それなら、誰か一人でも上のモニターから見て普通に

「怪しい五人が来てここに移動した」とラインした方がよっぽど良かったのでは?

と思ったけど、ここまで来たら後の祭りだった。

そもそも、指揮官のはずの学長がモニタリングしていないのが悪い。

グループラインを見ているAチームたちもキョロキョロし始めた。

こら、バレるからそんなキョロキョロしないの!



学長「発見した」



やっと見つけたらしい。



工藤「その人物は?」

学長「鷹派だ」

あたし「た、鷹派...」

風「例の過激な派閥か。移動したいな、ここからじゃ全く見えない」

川嶋「変装してフロントから客として堂々と突入しよう」

工藤「マジで言ってる?」

川嶋「その方が何か起きた時の対応が早い」

風「変装グッズあるんですか!?」

川嶋「車の中にたくさんある」

風「すぐ行きましょう!」

工藤「確かに……鷹派なら危険かもしれない」

あたし「急ごう!」



小走りで来た道を戻り、地下駐車場へ猛ダッシュした。

そして、川嶋の車の中へ。



あたし「どこどこ!?どこに変装グッズあるの!?」

川嶋「愛美さんはこれ!」

あたし「へっ?」



白マスクと白キャップと黒縁メガネを投げつけてきた。



あたし「ちょ、投げないでよ!メガネ割れるよ!?」

川嶋「急いで!」



コスプレでなかったのが良かった。

また前みたいに、変な女子高生の制服とちびまる子ちゃんみたいなウィッグだったらどうしようかと思った。

髪の毛をゴムでひとつにまとめて、キャップの中に押し込む。

これで髪の長さはわからない。

マスクすれば顔の半分は隠れるし

滅多にかけない黒縁メガネで完全に別人になれた。

風も同じような、グレーのキャップと白マスクだ。

帽子ってそう考えると万能な変装グッズだ。

髪型だけでかなり人物は特定できてしまう。

風のかっこいい短髪がキャップで隠れることにより

全然普通に新大久保とか歩いてそうなイケメンに様変わりした。

イケメンには変わりない。

川嶋は土方のおっちゃんみたいに、フェイスタオルを頭に巻いていた。

高級ホテルなのにそれで行くの……?

工藤と川嶋はもともとそんなに顔は割れてないし

体型も華奢で背も低いから、変装しない方がいいような気もしていた。

変装が完了し、今度はお客さんが通る違う道から地上へ!

階段を登ると、ホテルの外観と全貌が見えた。

とんでもない高級ホテルだ。

都心でここまで大きいと、ここもかなり高いんだろう。

地上に出た瞬間、一気にスマホが震えた。



風「地下は電波届かなかったんだ!」

あたし「え!?」



グループラインを見ると、一気にみんなが発言している!!



「ろうやさまって言った!」

「もうついたころだって言いました!」

「二千万って聞こえました!」

学長「みんな落ち着いて!演技し続けて!」




風「ろ、ろうやさま!?」

あたし「ついたころって……!?」

工藤「ま、まさかLowyaがここに!?」

川嶋「いや、JさんによるとLowyaは今日ロスにいるって!」



……違う。

この前、Jに聞いた。

Lowyaは世界各国にいる。

でもあたし達を狙ってるLowyaは

「日本にいる」と!!



あたし「言っていいのかわからないけど」

風「なに?」

あたし「Lowyaは世界中にいるって」

風「世界中!?」

あたし「でも、あたし達を狙ってたLowyaは、日本人で、日本にいるって」

工藤「え!?」

川嶋「そういう事か。Lowyaがあちこちにいた謎が解けた」

風「と、言うことは……?」




黒塗りのピッカピカの高級車が入ってきて

フロント前に停まった。




風「ろ、Lowyaだ……」




あたし「Lowyaが、ここに来た……!?」




川嶋「いったん隠れろ!」




まさかこんな所で……!