無謀は若い盛りの、深謀は老いゆく世代の、持ち前というわけだ。

                     ー  マルクス・トゥッリウス・キケロ  ー







工藤と川嶋が消えた。

これはHALに連絡案件ではないか。

そう思ったけれど、仕事中だし体調悪いHALに余計な心配をかけたくなかった。

とはいえあんなに強い二人だけど

銃を突きつけられたら、いくら強くても何も抗えないだろう。

ガタガタ震えてると、風があたしの手をギュッと握った。




風「大丈夫?」

あたし「う、うん」

風「案内図はないしどこにいるかもわからないけど、とりあえず雄大さんを捜そう」

あたし「うん……」




風があたしの手を引っ張り

非常階段の前に来た。

非常階段には、扉がある。

これを開けるのは、さすがに怖い。

ホラーゲーム実況で、明らかにこの先に敵である幽霊が脅かしに来るのがわかってる状況下である。

この扉を開けたら

何者かが、襲いかかってくる……!




風「愛美は俺の後ろについてて」



風はあたしの背後もしっかり確認し、風の後ろにあたしを押し込んだ。



あたし「い、いや、風も危ないから…」

風「俺様を誰だと思ってんの?」

あたし「え?」



「俺様」とか言うから友也に交代したのかと思ったけれど

笑顔は優しい、風本人だった。



風「俺、明日から受験勉強まっしぐらなんでしょ?これが俺の青春の最後になるんだ」



風は嬉々とした表情で、指をポキポキ鳴らしていた。




あたし「いやいや……不良漫画じゃないんだから、命かけた喧嘩を青春の一ページに入れないでくれる?」

風「命かかってる方が、生きてるって感じする」

あたし「……」

風「俺、もう普通の人間には戻れないかも。スリル求める人間になっちゃったかも」

あたし「……わかる気がするよ。リベルテ失格だけどね」

風「それな。アドレナリン中毒かな」

あたし「心理学的にはサイコパスだね」

風「いいじゃん。そっちの方がかっけぇ」

あたし「ぷっ!かっこいいか…」

風「じゃ、開けるよ?」

あたし「……」

風「もし俺になんかあったら、愛美はさっきの洗濯部屋に飛び込んで鍵かけて、雄大さんに助けを求めろよ」

あたし「や、やだ」



風の袖をギュッと掴んだ。

縁起でもないこと言わないでよ……。




風「開けるよ?」

あたし「……!」




あたしはグッと握りこぶしを作った。




ガチャ!



風が片手で非常階段の扉を開けると

扉の向こうから誰かが来た!!




あたし「ひっ!?」

風「え!?」




中から工藤が出てきた!!




工藤「シッ!」

風「な、なんで」

工藤「黙ってついてきて」

あたし「……」




あたしは腰を抜かしていた。

風が無言であたしを引っ張り起こす。

とりあえず工藤が無事で良かった……。

ただ工藤の無表情さから、何か良からぬ事が起きてることは感じ取れた。

って、工藤も川嶋もいつも無表情だけど。

静かに非常階段へ行くと、特に異状はない。

階段を降りると、ドアの前に川嶋も立っていた。




あたし「よ、良かった、みんな生きてて」

工藤「生きててって。生きてるに決まってるでしょう」

風「なんであの場からいなくなったんですか?」

あたし「そ、そうだよ。SP失格だよ?」

工藤「すみません。モニターを見てた川嶋が突然出ていったので焦って追いかけました」

あたし「川嶋、何があったの?」



川嶋はムスッとした表情をあたしに向けた。



川嶋「怪しいスーツを着た大人が五人ほど入ってきたので」

あたし「五人!?」

川嶋「ここに上がってこないよう、鍵かけに来ました」

工藤「で、自分は風愛友と愛美さんを洗濯部屋に閉じ込めようと戻ろうとしたところです」

風「でもここに籠城してるわけにはいかないですよ!見るからに怪しい人なんですよね!?」

工藤「ただ、Aチームのグループラインでは誰も発言していないし」

あたし「発言してない事自体が緊急事態じゃないの!?余裕があるなら誰かが怪しい人が来たって言うでしょ!?」

工藤「……そうですね」

川嶋「自分が一人で様子を見に行ってきます」

あたし「こうなったらみんなで行った方が安全じゃないの?」

工藤「それはダメです。護衛してる人を引き連れて現場に行くなんてSP失格です」

風「工藤さんは愛美をここで見てて!俺は川嶋さんと行く!」

川嶋「ダメです」

あたし「……グループで発言してみる?」

風「……それも一か八かすぎない?」

あたし「ここにいても何もわからない!上に行ってロビーの様子見るか、このまま出ちゃおうよ!」

工藤「……本当に愛美さんってジャジャ馬ですね……みすみす危険な場所に連れてくなんて有り得ません」

あたし「もーなんでもいいから早く行こうよ!学長とかAチームみんなが危険な目に遭ってたらどうすんの!」

工藤「ここのホテルの人たちは上の組織の仲間だと聞きました。早々危険なことは」

風「上の組織ほど危険な人はいないけどな。雄大さんの仲間のふりした、政治家の仲間かもしれない」

工藤「……」

風「で、雄大さんやAチームの誰かに何か起きたら、HALさん悲しむだろうなぁ?
HALさん俺が行けば良かった!って怒り狂って泣きまくるだろーなぁ」

川嶋「……」




川嶋と工藤の顔が曇った。

佐藤と間宮と同じで、彼らの弱点はHALだ!



あたし「だよね?今からHALに連絡しよっかな?」

工藤「な……」

川嶋「……行きますか。みんなで」

風「そうこなくちゃ!」



風はピョンピョンと軽く飛んで、両手を振った。

ボクシングで暴れる気満々だこれは。



風「怪しい大人たったの五人っしょ?
川嶋さん、工藤さん、俺で余裕でしょ!」

工藤「……風愛友は極力暴れないように」

風「暴れませんよ!」



風はニヤけながら軽くジャブを放つ。

暴れる気満々だ。




川嶋「行きましょう」

工藤「……了解。出たら左へ。川嶋は先頭で間に風愛友、愛美さん、ケツは俺が持つ」

川嶋「了解」

風「了解ですっ」

あたし「風、本当に無茶しないでね?」

風「大丈夫大丈夫!」



表情が友也に似ている。

暴れる気満々だ。




川嶋「じゃ、開けるぞ」




川嶋が閉めていた非常階段の扉の鍵を開けた。




ガチャ!



何も起きないで……!