兵員に死を強いるような作戦は作戦者の無能を意味するものであり、それは作戦ではない。

                                                 ー  司馬 遼太郎  ー





20XX年 4月10日

風邪が悪化した。

悪化というか、順調に「風邪」というステップを登っている感覚である。

昨日よりも猛烈に喉が痛く、カラカラに渇いていて

鼻水も出るわ頭も痛いわ微熱だわ。

久しぶりに風邪ひいたけど、こんなに辛いものだったっけか。

今日も雨だった。

地元駅近くのアイサロンで、まつエク行く予定だったけど

この体調不良と不安定な天気なら、やめるべきだ。

明日はAチームの作戦決行日だというのに。

隠れてる身で「いーーーくしっ!」って加藤茶みたいなクシャミ出そうものなら

学長にスタジオセット崩されてしまう。

お母さんが色々世話焼きして来たけど、うつしたくないから部屋に籠った。

お母さんもあれから、大丈夫なのかな。



20XX年 4月11日



Aチーム作戦決行日。



風「愛美、風邪ひいたんだって!?」



とびきりイケメンの風が、ソファーでグッタリしてるあたしを覗き込んだ。



あたし「ちょ、顔近い!風邪うつるよ!?」

風「風だけに?」

あたし「つまんな」

お母さん「愛美!これ飲んで!」



お母さんが風邪薬と水を持ってきてくれた。



あたし「ありがと」

風「熱は?」

あたし「37度ちょい」

風「微熱だな。ウイルス系じゃないか」

あたし「んー。まぁどっちにしろ風はあたしに近寄らないでね」

風「近寄らないでと言われると近寄りたくなる…」

あたし「ば、ばか」



風の顔が近いと、未だにドキドキしてしなまう。

まだ未練があるのか?

……いや、かっこいいからいけないんだ。



13時45分



寸分違わず、ピッタリに川嶋と工藤がチャイムを押した。

お母さんがスコープを覗き込む。



お母さん「来たよ!」

あたし「本当に本人たち?」

お母さん「当然!お母さんもね、ちゃんと最近そういうの気にするようになったんだから!」

あたし「お母さんまで人間不信に…」

お母さん「疑ってかかるほうが丁度いいかもよ?それより、風邪薬持ってって!」

あたし「ありがと」



今日の作戦は、Aチームのグループトークのノートに事細かく書かれていた。

大したことはない。

ホテルのロビーのカフェに、政治家が二人来るらしい。

その政治家二人以外、つまりカフェ自体を

学長がこっそりと貸し切った。

政治家二人はその事を知らないらしい。

で、あたしと風以外のAチームたちが周りで客のふりをして

何を話してるのか聞き耳をたてて、随時グループトークに報告するというもの。

あたしと風は、政治家に顔が知られてる可能性が高いので、別室にて待機だそうな。

……なんのために行くんだか。

まだ咳は出ないけど、確かにあたしは風邪ひいている。

「ぶへっくしょおおおおおい!」とクシャミしかちゃいそうだから有難いけれども。



風「ワクワクするなー!」



風は工藤の運転する車の中で、一人楽しそうだった。



あたし「風は探偵だからね?あんま前に前に出てくるんじゃないよ?」

風「探偵だからこそ前に出たいんだけど」

工藤「ダメですよ。HAL様に風愛友と愛美さんは特にしっかり見張っとくようにと言われましたので」

風「HALさんも来るんですよね?」

工藤「……いえ……」

あたし「えっ!?HAL来ないの!?」

工藤「HAL様は仕事が忙しくて遅れるらしいのですが……どうも体調が優れないらしく」

あたし「優れないって!?どこかおかしいの!?」

工藤「風邪ひいたみたいですよ」

あたし「なんですとっ!?」



仲間じゃん!!



工藤「雄大さんがそれなら来なくていいと言ったらしくて」

あたし「今日会えないのか……」

風「愛美とHALさんが仲良く風邪!もしかして大阪行った時に誰かからうつされたのかな?」

あたし「それはありえるかも」



それはやだな。

二人仲良くうつしあったのならいいけれど

ほぼ同時に風邪ひいたってことは、どこぞの知らん人にうつされたんだろうから。



あたし「HAL来ないならあたしも休めば良かったなぁ」

風「ま、今日は早く帰れそうじゃない?
早く帰って愛美も休まなくちゃね」

あたし「だといいけど」



14:50


Nホテルに到着した。

ターゲット二人は、15時半頃にここに着くらしい。



工藤と川嶋の案内で、Nホテル地下駐車場奥の、ホテル従業員しか入れない区画に余裕で侵入した。

するともう、Aチームのほとんどが集合していた。



学長「遅かったですね」

川嶋「大変申し訳ございません。高速が混んでまして」

学長「時間がないのでもうみんなには配置についてもらいます。愛美さんと風愛友は工藤たちがここに連れてくように」

川嶋「了解しました」



ホテルの案内図みたいなのを受け取っていた。

そして、Aチームのみんなはカフェ方面へ

あたしと風たちは、非常階段を登る。

彼らを見送ろうと振り返ると

遠くに、大志が見えた。

大志はこっちをずっと見ていて、あたしと目が合った瞬間、片手を挙げた。

あたしはニコッと笑って

ガチャン!と

非常階段の扉を閉めた。

伊織ちゃんや斗希、陽介たちは見当たらなかった。

大丈夫かな、大志ヘマしたりしないよね?



工藤「二階?」

川嶋「そう、二階の扉開けたら左。突き当たりの左の部屋」

工藤「了解」

風「わくわくするな…」

あたし「いいな、風は能天気で」

風「能天気とか言うな」

あたし「めちゃくちゃ体調悪くなってきたわ」

風「大丈夫?風邪?パニック?」

あたし「熱っぽいかも。気持ち悪いし」

風「部屋着いたらとりあえず安定剤飲みな」

あたし「……うん」




何か、嫌な予感がする。

風邪ひいてて体調が悪いからなのか。

それとも、パニック発作が出かかってるからなのか。

外の天気が悪いからなのか……。

とても、嫌な予感しかしない。

こちらには、無敵の工藤と川嶋と風がいる。

万が一、誰かに襲われたとしても

あたしさえ自分の身を守っていれば、問題ない。

気になるのは

カフェに集合する、Aチームのみんなだ。

HAL……。

体調悪いの、大丈夫なのかな……。

ネガティブな時には、ネガティブな事が起こるのだ。

ホテルの一室とは思えない簡素な部屋に入り、すぐにポーチから水と薬を出して飲んだ。

これで、大丈夫……。

安定剤が、あたしを救ってくれる。

これで、ネガティブな気持ちがなくなる。

そうすれば、ネガティブな事象は起こらない。

そう、自分に言い聞かせていた。