真実は、それ自体は醜いが、それを探し求める人にとっては常に好奇心をそそり、美しいものです。
ー アガサ・クリスティ ー
20XX年 4月8日
「なんで今日の事はHALには内緒なの?」
あたしは単刀直入に聞いてみた。
話を長引かせたくなかったからだ。
早く核心に迫りたかったわけではない。
朝早く起きてこんな遠い都心に出向いた事が、単純に体力的に辛かったからだった。
東京都某所。
あたしはリベルテ情報管理センターの一室にいた。
窓からは、東京タワーと桜が見える。
なんて綺麗なんだろう。
だけど空は悲しいぐらいに曇っていて、今にも雨が降り出しそうだった。
淡い色の桜の背中には、青空が一番似合うというのに。
「こちらも同じ質問してもいいですか?
なんで昨日の事はHALさんに秘密なんですか?」
Jも不思議そうに、あたしを見つめていた。
あたし「……あたしもいた事バレてたか」
J「もちろん。風愛友が一人で千葉なんかに行けるわけがない」
あたし「え!ハッキングとかでバレてたんじゃなくてただの予想!?」
J「はい」
あたし「してやられた!」
J「まぁ予想はついてますけど…大方、キラの正体を突き止めるためにHALさんがいた施設に行ってみた、ってとこですかね」
あたし「うぅ……」
J「風愛友は推理好きですからね。その推理に付き合うのはマネージャーの愛美さんしかいませんし」
あたし「Jもなかなかの推理力をお持ちのようで」
J「誰でもわかりますよ、それぐらい」
「愛美、あまり無茶しないでね?何かに巻き込まれたらHAL様が悲しむよ」
紅茶を飲みながら、上目遣いであたしを見つめるLily。
相変わらず、お嬢様オーラが半端ない。
いや、正真正銘のお嬢様だった。
色白で、目がクリッとしていて
お人形さんみたいに可愛いLily。
HALの彼女だったら、とってもお似合い……。
あたし「大丈夫よ。SPついてるし」
本橋「川嶋さん達じゃなく、間宮さんたちですよね?
彼らをつけてたら余計に目立つし気をつけてくださいよ」
あたし「う……確かに目立ちすぎるか」
アッキーナ「いいなー!私も風愛友くんと遊びに行きたかったー!最近輪をかけて風愛友くんめっちゃイケメンになってきてない!?」
本橋「明夏……」
本橋は呆れた目で、アッキーナを見つめていた。
だけどアッキーナの言いたいことはよく分かる。
だって同じことを昨日、車の中で思っていたもん。
アッキーナ「HALさんと付き合ってるからとはいえ、あんなイケメン風愛友くんと一緒にいたら愛美気持ち揺れないの?」
あたし「いや……揺れるというかなんというか……」
Lily「わかるー!イケメン二人に愛されてる愛美、ガチでやばいよ!」
本橋「Lilyも!なんで女って集まるとそんな話しかしないんだ」
アッキーナは情報管理センターなのに、あたしと風が姉弟ということは知らないのかな?
さすがにセンシティブな問題だから、HALもアキラも言わなかったのかもしれない。
あたし「と、とりあえず本題に戻そ!あたし最近寝不足なんだよね。
なんで今日のことはHALに内緒なの?HALが怪しいってこと?」
J「怪しいっていうか……HALさんに悩みの種を増やしたくなくて」
あたし「てかさ、あたしたち蚊帳の外にされてて不快なんですけど。
JたちはLowyaの事、とっくに特定出来てるんじゃないの?」
J「……はい」
あたし「はいと来たもんだ!なんで捕まえないの!?」
J「手に負えないからですよ」
あたし「は!?暴れん坊将軍なの!?」
J「Lowyaは大勢いるからです」
あたし「んなっ!?」
かなり昔、推理してた「Lowyaは一人じゃない説」が合っていた!?
あたし「何人いるの!?」
J「今の所、特定してるのは六名ですかね……リナさんに聞いてないんですか?」
あたし「あ……リナね……教えてくれそうだったけど、交換条件出されてて……」
J「あぁ。リナさんの組織に入れってやつですか?」
あたし「知ってたの!?」
J「は、はい……リナさんが愛美をうちの組織に入れたいんだけどどうすればいい?って聞いてきたので……」
Jの口元が、少し綻んだ。
女の勘がビンビン働いた。
やはりJはリナの事を気に入っているのだと!
あたし「そ、それよりLowyaの正体は!?」
J「6名中、5名が上の組織の外国人でした」
あたし「外国人!?」
J「シンガポール、南アメリカ、オーストリア、アイルランド、タイの方々です」
あたし「オリンピック選手紹介みたいに言うか!そんなの目立ちまくりじゃない!」
J「彼らはLowyaの密接な手下のようです。
何度も連絡を取りあっている。だからLowyaの居場所を特定しようとすると、日本全国のどこか、もしくは海外だった……まんまとLowyaの術中にはめられてたってことです」
あたし「ん?手下ってことは、中心に動いてたLowyaはやっぱり一人ってこと?」
J「はい」
あたし「で?その人は特定したの?」
J「いいえ」
あたし「じゃ、なんもわかってないじゃん!6人中5人が外国人ってことは、残りの1人は日本人ってこと?」
J「はい。その人物こそが僕たちが追ってるLowyaですね」
あたし「HALはこの事知ってるの?」
J「ここまでは知ってます。だけど今から聞くことは、HALさんには内緒でお願いしたくて…」
あたし「な、なんで……まさかHAL自身がLowyaってこと!?」
J「可能性は低いけど……ありますね」
あたし「こ、こんがらがってきた……Lowyaが女って可能性は?」
J「ないです。男です」
被せるように、自信満々に言われた。
Jは真っ直ぐあたしの目を見つめている。
嘘をつく時のなだめ行動、つまり
手も足もどこも動いてはいない。
……嘘を言ってる感じではない。
J「愛美さんが、富士急ハイランド誘拐事件の日。廃墟の近くで犯人に襲われかけた映像を解析しました」
あたし「え!?」
J「大丈夫です。愛美さんの体は映ってません。一部分だけ切り取って、アキラさんから分析してくれと頼まれ、動画を貰いました」
あたし「……」
J「あの場に現れ、愛美さんを救ったのは間違いなくキラだと思われます。
キラは発砲はしましたが、犯人の命は狙ってませんでした」
あたし「な、なんであんな真っ黒の画像からそれがわかるの…」
J「音です。音を解析しました。極限まで音をクリアリングしてボリュームを上げたところ、殴打する音の直後にレイプ犯の呻き声が聞こえました。
その殴打する音の大きさから言って、女性の力とは到底思えません」
本橋「そう。それは山梨県警からも証拠貰ってる。後頭部を殴り、銃は倒れた犯人の足をわざと狙って撃った。
命を奪おうとしていない、あれは銃のプロの撃ち方だと」
J「そう。そして一瞬映ったLowyaの影。一瞬映った車と比較すると、Lowyaの身長は推定175~180cm。高身長です」
あたし「…………」
J「そして、愛美さんに最後に聞きたいことがあります。
最近ブログを出してないので、直接聞くしかなかったんです」
あたし「な、何を……」
J「富士急ハイランド誘拐事件の後から昨日まで、愛美さんは男性で誰と会ったかです」
あたし「は……?そ、そんなの大勢いるからわからないし……」
J「僕が愛美さんたちが大阪旅行に行ってる時に連絡しましたよね?
あのLINEをする前日に、日本の実行犯のLowyaと、海外のLowyaとの会話を約3分間、盗聴に成功したんです。相手側に気づかれて即クラッキングされ、一台のパソコンがパーになりましたけど。
でももう一台のパソコンにしっかりとリアルタイムでバックアップしてたので、データは無事でした」
あたし「な、なんて話してたの?」
J「直訳すると、HALの婚約者と深く接触した。暫く動くのはやめる。そのような内容でした」
あたし「ふ、深く接触!?」
J「店の人や通行人、そういうものではない、深い接触です。その話から、全く知らない人間じゃない可能性。愛美さんの周りにいる男性だとしたら」
あたし「…………」
J「愛美さんに接触できる男性は、ほとんどがHAL派のメンバーです。SPもついてるし」
あたし「という事は……」
J「Lowyaはやはり、HALさんかアキラさん。もしくは愛美さんと深く接触できる、HAL派のリベルテの人間ってことです」
呆然とするあたしの隣にある窓に
桜の花びらが、フワリと張り付いた。