経営者でも、政治を知らない人はダメである。政治家でも、経営を知らない人はダメである。

                                                               ー  松下 幸之助  ー





風が指さした先には

立派な額縁に入れられた、写真。

その隣には、賞状みたいなものが飾られてあった。

黒髪のおじさまの写真だ。

誰だろう?どこかで見たことある気がするけど。



女の人「この部屋で待ってて下さい。冷たい麦茶でもいいですか?」



声をかけられ、焦って目を離した。



風「はい!ありがとうございます!」

あたし「ありがとうございます…」

おばさま「この部屋から出ないように」



愛想も何も無い。

おばさまはそう言って、あたしと風を小さな部屋に押し入れて二人は消えた。



風「……見た?さっきの」

あたし「一瞬しか。誰なのあれ」

風「政治家の河野厳太」

あたし「えっ!?河野派の!?」

風「うん。HALさんの実のお父さんだよ」

あたし「な、な、なんで」

風「ここにHALさんとアキラさんを押し付けた。そして、更にあんな感謝状まで送り、写真まで飾られてる……怪しすぎでしょ」

あたし「河野派は預かってもらったから、お礼として感謝状を送ったの?」

風「だからって政治家の写真をあんな立派な額縁に入れて飾るか?
飾るか飾らないかは、ここの施設の人が決めること。
という事は、ここの施設は何かしら河野派から恩恵を貰ってるって可能性が高い」

あたし「なるほど。口止め料か」

風「……あ」

あたし「河野派の息子をここに押し付けた。それは政治家としてスキャンダルになるもんね。
感謝状と写真を送り、更にここに莫大なお金を渡してるってなると、辻褄合うよね」

風「そういう事か!なんだよ。愛美めっちゃ頭良くなったじゃん」

あたし「もともと頭いいですー」

風「この部屋には見た感じ、なんの資料もなさそうだな……他の部屋に潜入したいけど」

あたし「ここから出るなってあんな怖い顔で言われてたじゃん。
見つかったら今度こそアウトだよ」

風「悔しいなあ……」



ノックがして、すぐに女の人が入ってきた。



女の人「お待たせしました」

風「あ、ありがとうございます……」



女の人があたしたちの目の前に置いたのは

カップヌードルと麦茶だった。

虐待されてる姉弟に、まさかのカップラーメンか。

ここはせめて、インスタントラーメンとかの方が愛情を感じたのだが……。



あたし「わ、わーい!久しぶりの食事!いただきまーす!!」

風「あ、うん!嬉しい!いただきます!」



一応何も食べさせてもらってない設定だから

カップラーメンに落胆してるところを見せられない。

めちゃくちゃ喜んでるふりをした。

カップヌードルなんて食べるの久しぶりだ。

年単位で食べていない。

とはいえ、朝からあたしは何も食べていなかったのが幸いした。

もうお昼過ぎてるから、本当に空腹だったんだ。

美味しそうに食べることに、あたしは「演技力」は必要なかった。



女の人「この後は警察に電話させてもらいますね」

風「ちょ、ちょい待って!警察に行ったら俺たちまたあの家に連れ戻されます!」

あたし「そ、そうですよ!警察には言わないで下さい!あの家に帰りたくないもん!」

女の人「でも……他に行くところは?親戚の家は?」

風「親戚がどこに住んでるかは知りません。確か九州とかだったかな?
とりあえず一晩だけでもここに寝泊まりできませんか?明日になったらすぐ出るので」

女の人「申し訳ないけれど…ここには泊められません」

あたし「ここ、養護施設なんですよね?一晩だけならいいでしょうに」

女の人「養護施設じゃありません。昔は養護施設だったらしいけど」

風「あれ?おかしいなぁ。さっき部屋のドアのノブにお昼寝タイムって看板吊るされてたけど」

女の人「え!?」

あたし「そ、そうなの?」

風「うん。13時から給食タイムなんですよね?
一日のタイムスケジュール貼ってあったし」



女の人の顔色が変わり、少し引きつっていてた。



女の人「そ、それはたぶん昔の名残ですかね…剥がし忘れていたんでしょう」

風「本日のタイムスケジュール。2017年4月7日って今日の日付も書いてあったのに?」

女の人「……!」




風の観察眼はやはり侮れない。

探偵なるもの、観察力だけは人一倍高いと聞いたことがある。

探偵というものは、推理力よりも観察眼がものを言うらしい。

風、なんて恐ろしい子……!

あたしはカップヌードルを食べきって、汁も全部飲み干した。

千葉県の海鮮丼食べたかったのにな。

ここは海沿いではなく、山の中だからどっちにしても食べられないか。



女の人「私は最近ここに入ったばかりなのでよくわかりません」

風「あんなに庭の作りもこの間取りにも詳しかったのに?」

女の人「……」



風の攻撃は止まらない。

こんなにガンガン攻めて、大丈夫なのか?

不安になっていると、おばさまが部屋に入ってきた。




おばさま「あんた達何者なの!?」

あたし「え!?」

おばさま「今すぐ出て行って!」

風「な、なんでですか」

おばさま「監視カメラ確認しました。ここに来る前に大きな怪しい黒服の男とあなた方二人がうちの目の前を笑いながら歩いてるところが映ってた!!」

風「……やべ」

あたし「な、あ、あれはあの巨体のおじさんに施設はここだよって教えてもらっただけなんです! 」

風「そ、そう!でも子供たちとか誰もいなかったから違うのかなって怖くていったん通り過ぎちゃいました!」

おばさま「どうでもいいからとにかく今すぐ出て行って!!」 

あたし「はあ……まじか」

風「おけおけ。出ていきますよっと。ごちそーさまでした」



風とあたしは立ち上がった。

鬼のような形相のおばさまに、背後から手で押されて玄関のところまで着いた。




おばさま「早く!」

風「河野厳太」

おばさま「……え?」

風「その息子二人をここで預かりましたよね」

おばさま「な、な、何を!?」

あたし「ちょ、風、いきなり爆弾投下しないの!」



あたしは急いで、スマホをこっそり見た。

大志から返信がきてる。

それよりも早く間宮と佐藤に連絡しなくちゃ!



「施設に大至急助けにきて!」



あたしの最強スキル「高速フリック入力」発動!



風「河野の息子二人を預かって、大金持ちの夫婦に引き取られた。
河野夫妻はそれをずっと知らなかった。
それで毎年大金をいくら貰ってたんですか?」

おばさま「な、な、あんたたち何!?なんなの!?何を馬鹿な事を言ってんの!!」

風「さっきここに来たスープラ。政治家河野の秘書、志村三郎ですよね。今月のお金持ってきたんですか?」

あたし「ええ!?」

おばさま「んな!?なぜ志村様の名前を!!」

風「大丈夫です。極秘と言われてるんで公にはしませんよ。ただ、ここに住んでる親のいない子供たちに美味しい美味しいご飯を食べさせて上げてください。
カップヌードルではなく。あなたたち、大金貰ってるんだから」

おばさま「ちょ、待ちなさい!このまま帰らせない!!うちに泊まれ!!」

あたし「いだっ!」



突然、あたしの腕をおばさまは物凄い力で握りしめた!

咄嗟にあたしは腕を上にあげ

指と指の間の方に向けて螺旋状に回転させる。

おばさまのあたしを掴みあげる手を自分に押し付け、あたしは左足を軸に姿勢を低くし回転した。



おばさま「ぎゃあああっ!?」



自分の曲がらない向きの関節方向に回られたものだから

おばさまはフニャリと地面に背中をついた。




あたし「や、やっちゃった……」

風「さすが愛美!合気道段持ち!」

あたし「それはいいとして逃げるよ!」

おばさま「ま、待て……!」




その時




正門の上を巨体の男二人が乗り越えてきた!

佐藤と間宮だ!!

とんでもない巨体のくせに軽々と!!



おばさま「だ、だれっ!?」

佐藤「二人とも!これ被って!!」



佐藤はあたしと風に、つばの大きな麦わら帽子を投げてきた。



あたし「日差しも出てないのにUVカット!?」

風「とりあえず被ろう!」

佐藤「早く逃げて!」



佐藤はおばさまの前に立ち塞がる。



あたし「ちょ、殺さないでよ!?」

佐藤「わかりません。この女が手出しをしてきたら殺すかもしれません。それがSPの仕事ですから」

おばさま「な!?」

あたし「そ、それはSPの仕事じゃないでしょ!」



おばさまは何も出来ず、地面に座り込んだままだった。

間宮は重そうな正門を、無理やりギャリギャリギャリッと音を立てて開けて

あたし達に手招きをした。

麦わら帽子を被り、あたしと風は猛ダッシュで外へ出る。

佐藤も走ってこっちに向かってきた。



間宮「こっち!」



間宮も体が大きいくせに、足が速い。

上り坂の山道へ猛ダッシュして、あたしも風も走った!

さっき麦茶飲んだくせに、緊張感のせいで喉がカラカラで喉と喉がくっつきそう!

振り向くと、しっかり佐藤も走って着いてきてる。

バーン!と背後から佐藤が撃たれるんじゃないかとヒヤヒヤしていたから、何度も振り返ってしまった。

そんな事もなく、無事に車へ辿り着いた!