説き伏せるには大胆な人を、
 説き勧めるには話のうまい人を、
 調査や観察には巧妙な人を、
 おいそれとは片づかない仕事には強情な一筋縄では行かない人間を用いるがよい。

                            ー  フランシス・ベーコン  ー






見つかった……!

鬼の形相で、先程の30代ぐらいの女の人が

あたしたちの元へと早歩きで近づいてきた。

自転車の脇にしゃがみこむ、男女二人。

明らかに不審者である。

なんて言い訳すれば……!?



風「お姉ちゃん!!」

あたし「!?」



お、お姉ちゃん!?

風から初めてお姉ちゃんと呼ばれた……!




風「お姉ちゃんは黙ってて!俺が全部言うから!」

あたし「な、なにを!?」



風が「黙って」とウインクして合図をした。

風ってウインク出来るんだ!

……そこじゃないか。



女の人「ここで何してるの!どうやって入ってきたの!?」

風「俺たちっ!親から虐待されてるんです!」

あたし&女の人「え!?」



あたしと女の人、同時に聞き返してしまった。



女の人「そ……それで?」

風「ここに一時的に匿って欲しいんです!ほら!お姉ちゃんの手見て下さい!」

女の人「あ…」

あたし「……」



昨日、駅の階段から転げ落ちた時の、手の擦り傷を風は指さした。

絆創膏は貼ってあるけど、絆創膏が普通サイズしかなくて

擦り傷は結構大きな範囲だから、なにげに傷がはみ出ていた。



女の人「そ、それなら警察に連絡します。匿ってくれますよ?」

風「匿うわけない!親に連絡が行って家に連れ戻される!
親から殺されそうになって逃げてきた!!」

女の人「で、でもそんなことしたらうちが誘拐罪で捕まります…!」

風「捕まりません!喉が乾いて助けを求めてきた子供二人を一時的にを助けただけ!
とりあえず中に入れて下さい!喉乾いておなかすいて寒くて死にそうなんです!
暖かい部屋で水を飲ませて下さい!ここがダメなら、また別の施設探しますから!
昨日から何も食べさせてもらってないんです!」

女の人「そ、そんな」



女の人は明らかに困っていた。

風の言うことも、あながちおかしな事は言っていない。

このまま追い出して本当に倒れて

最悪車に轢かれたり、脱水症状とかで死んでしまったとしたら……。

姉のあたしが生きてて、ニュースで

「あの施設に助けを求めたけど、追い出されて亡くなりました……弟の命を奪ったのはあの施設だ!」

なんて泣きながらマスコミに言ってみいよ。

施設だろうとただの別荘だろうと

彼女たちがここに住み続ける事は出来ないほどに、世間から非難轟々だろう。



女の人「……ジュースとお菓子ぐらいしかないけどそれでもいい?」

風「もちろんです!」



効いた……!

さすが風!

女の人はまだ困った顔をして、玄関前まであたし達を連れてった。

丸太を縦に並べてるような、筏を縦に立てかけたような

やたらとお洒落な扉だった。



女の人「……ここで少し待っててくれます?
確認してきたいので」

風「はい!」



女の人は一人、中へ入って行った……。

あたしと風は暫く無言だった。

中へ入ってドアに耳くっ付けて、こちらの話を聞いてるんじゃないかと怖かったからだ。

ドアから少し離れて、あたしはしゃがみこんだ。

ここなら話は聞かれないだろう。

それに座ることで、もしどこかから覗かれていても

虐待されて今にも倒れそうな姉、というキャラ設定は守られるはず。



あたし「さすが風だね。咄嗟にあんな言い訳思いつくなんて」

風「いや、あれは元々考えてた作戦。本当は堂々と入って聞き込みしたかったけど…もし無理そうなら、潜入して見つかったらそう言おうかなって」

あたし「なるほど。でもいいアイディアだったよ!」

風「俺が小学生なみに背が小さければ、まだ信憑性高かったんだけどね。もうこんなでかくなっちゃったし、疑われてないか不安」

あたし「今何センチ?」

風「170」

あたし「でか!あたしより大きくなったよね」

風「血は半分とはいえ、本当の姉弟なのにね」



そう言って、風は寂しそうに笑った。

……やめてよ。

胸が痛い。

あたし達を発見した女の人が出てきた。

その脇には、さっき門でスープラに乗ってる男の人と話をしていた、60代ぐらいのおばさまが

眉間に皺を寄せて、あたし達を見てきた。




女の人「この子達です」

おばさま「…家を追い出されたの?」

風「追い出されてません。逃げ出してきました」

おばさま「ここはそういう施設ではないんです。ちゃんと然るべき機関に連絡して下さい」

あたし「冷た!」

おばさま「え?」



おばさまの眉間の皺が、深くなった。



あたし「一時的に水も食料も与えてはくれないんですか。人が困ってると言うのに」

風「あ、愛……お姉ちゃん……」

あたし「施設やら機関やらなんか知りませんが、水ぐらい飲ませてくれたっていいでしょうに。こちとら死にそうなんですけど」



ある意味、本当に死にそうだった。

あのドキドキハラハラ感で、酷く喉が渇いていたのは事実である。



おばさま「……入りなさい」



特になんの文句もなく、あっさりと入れてくれた。

でも警戒心丸出しの表情は消えてはいない。

ここが養護施設ならば、この反応は明らかにおかしい。

親がいない子供を引き取るのに、虐待されてる子供には同情しないのだろうか。

何処か、闇を感じていた。




中に入ると、木のいい匂いがした。

ログハウスか、いいなぁ。

こんな家でHALと一生過ごせたらなぁ……。

HALの場合は、お金持ちだからか

高級マンションとかに住むことになりそうだ。

それはそれでいいけれど、あたしはこういう自然豊かな木でできた、

小さな家でも幸せだ。



それにしても子供が見当たらない。

養護施設ならそこら辺を子供が走り回っててもいいようなものなのに。

これも不思議だった。

まさか、ここはやはり養護施設ではなく別の会社とかになったのか……?



風「……!」



あたしの前を歩いていた風が突然立ち止まった。

風の背中にぶつかりそうになった。



あたし「どした?」

風「あ……あれ……」



風は顔面蒼白になっていた。

そして先頭を歩いてる女の人二人にバレないよう、こっそり目配せをしてきた。



あたし「何?…………あ……!?」



風の視線の先を見て、あたしは凍りついた。