ピンポーン♪

チャイムを押すと「はい」と、優しい声が聞こえた。

その瞬間、一気に涙が出そうになった。

「前世療法で13時に予約した、沢田愛美と申します」

「はい、どうぞ~」



その声はまさに、女神様のように聞こえた。

あたしはまだ、何も始めてないのに涙腺崩壊しそうになっていた。

さすがに泣きながら「初めまして、宜しくお願いします~」なんて挨拶出来ない。

必死で我慢して、お邪魔をした。



「こちらに記入をお願いします」



まるで病院の初診の時に書く、問診票。

どこか体調が悪いのか

悩み事はあるのかなど散々記入する事があった。



ヒプノセラピスト「今日は前世療法をご希望なんですね。何か最近お辛い症状があるのですか?」

あたし「あ、あの……ツインレイに出逢って……この前振られて……サイレント期間だと言われて……でもツインレイだと何人に言われても信じられなくて……ツインレイなのかわからなくて……知りたくて……」



だめだった。

話しながら一気に涙腺崩壊をした。



ヒプノセラピスト「そうなんですね、サイレント期間は辛いですよね……それならやはり、前世療法がピッタリですね」

あたし「はい……もう、毎日が死にそうで……」



嗚咽しながら泣いていた。

まるで赤ちゃんのように、声を出して泣いた。

彼とサヨナラしてから泣いたことは何度もあるけど

号泣するのは誰もいないところで。

人がいるところでは勝手に涙が出てきてバレないように拭く、

そんな感じで、人前で声を出しながら泣いたのは初めてかもしれない。

しかも初対面の人相手に、今考えると恥ずかしい……。

目の前にはあたしの大好きなルイボスティーとヨックモックのお菓子が置いてある。

「どうぞお召し上がりください」

と言われてるのに、泣きすぎて食べられなかった。

そして、前世療法が始まった。

ところが、催眠中少し動揺したことがあった。

通常ヒプノセラピストが「あなたの目の前に大きな光が見えます。その光の中にあなたは入ると…」

というような感じで催眠状態に持っていくのだが

言われる前に先走って、どんどん深い催眠状態に落ちていったのだ。

今まで、前世療法をやり過ぎたからかな?

長い長い誘導中なのに、あたしはひとあし早く

前世の景色が視えてしまった。



ここは、江戸時代だ。

何故かピンと来る。

江戸時代ということは、かなり直近の前世だ。

今の人生のひとつ前の前世かもしれない。

目の前に、髪の毛をゆわいたお侍さんなんだか武士らしき人物の後ろ姿が視えた。

紺色の、少しみすぼらしい袴だか着物を着て

草鞋みたいなのを履いた青年こそが、あたし自身だった。



「足元を見てください。どんな靴を履いてるのか。または裸足なのか、視えますか?」



ヒプノセラピストが質問をするが

あたしは服装も足元も既に確認していた。



「かんちゃーん!」

背後から、あたしを呼ぶ声が聞こえた。

そしてあたしの左側に、男が満面の笑みであたしに微笑みかけた。

その顔は、色黒で、汗と砂で汚れてて

髪の毛をおろしてるから肩より少し下まである長髪の男。

とても汚らしい格好をしているのに

顔は切れ長の瞳で、キラキラと輝いている美男子だった。



「けいちゃん!」



あたしは心躍らせながら、答えた。

けいちゃんは



この人は



HALだ……!!



ヒプノセラピスト「あなたはどんな服を着ていますか?」



もう確認してる事をあとから聞かれるから

かなりズレを生じていた。

あたしは誘導に関係なく

どんどん先に体験してしまっているのだ。


あたしは、かんちゃんと呼ばれる男武士。

そして、私の幼なじみであり、親友のけいちゃんという男武士が、HALだった。

けいちゃんだけは、結婚をしていた。

幼なじみでいつも一緒に稽古したりして

けいちゃんは最高の大親友。

しかし、男同士なのにお互い恋心を抱くようになる。

夜な夜な、森の中での密会。

しかしある日突然、けいちゃんは泣きながら

「殺されるからもう会うのはやめよう」と言った。

あたし、かんちゃんは

やだやだと泣いて縋った。

何もしなくてもいい。

二人だけのこの逢瀬だけは続けたい。

話すだけでもいい。

体に触れなくてもいい。

けいちゃんがそばにいてくれるだけで、幸せなんだ……!



あたしは、勝手に涙がボロボロとこぼれ落ちた。

ヒプノセラピストさんが、あたしの頬の涙を

何度もティッシュで拭いてくれた。



けいちゃんは泣きながら、かんちゃんを置いて走り去った。

あたしは、その場に崩れ落ちた。

翌朝、けいちゃんは消えた。

けいちゃんの嫁も子供も置いて、彼は忽然と姿を消してしまった。

今ならこれがツインレイのサイレント期間だとわかる。

命を絶ったと思い、あたしは気が狂い

村中けいちゃんを探し回ること数ヶ月。

あたしは「悪魔に取り憑かれた」との噂が広がり、捕まった。

そして、自分で切腹した上に斬首された。

天国に逝った私は天使に導かれ

丸くて小さな湖を覗くように促された。

その鏡のようなツルンとした湖を覗くと、彼がいた。

村に戻ってきた彼はあたしが処刑されたのを知り、泣き崩れていた。

彼が生きてることを確認し

あたしは「生きてて良かった」と心底喜んだ。



ヒプノセラピスト「彼は何と言ってますか?」

あたし「愛してた。でも、恐怖に打ち勝てなくて逃げてしまった。
俺が弱かった、本当にごめんなさい。
来世こそは、異性として生まれてきて結ばれよう」



あたしの口から、彼の言葉がスラスラと出てくる。



ヒプノセラピスト「傍に誰かいますか?」

あたし「天使がいます」

ヒプノセラピスト「その天使は何かメッセージはありますか?」



その質問をされる前に

あたしはもうメッセージを受け取っていた。



あたし「肉体はただの物体にすぎない。愛は男だろうと女だろうと関係ない。
愛は宇宙の真理であり、真実である。全ての魂は繋がっている」




ワンネス。

全ては一つである。

宇宙も地球も自然も人も動物も

全てが繋がって一つであるという。



催眠状態から目覚めたあたしは

とんでもない涙で顔が濡れていた。

ヒプノセラピストが何度もティッシュで拭いてくれたというのに。



ヒプノセラピスト「大丈夫ですか?無理しないでゆっくり起き上がってくださいね」

あたし「えっと……」



あたしはプッと笑ってしまった。

ヒプノセラピストは少し驚いた様子で、キョトンとした。




あたし「まさか男同士だとは思ってもいませんでした」

ヒプノセラピスト「そうですよね!私も最初隣に男の人来たって言われた時、友達か何かかと思いました!」

あたし「ツインレイってほとんどが異性って言われてるけど、その説をいきなり覆したような気がします」

ヒプノセラピスト「同性のツインレイも稀にですがいますよ。同性でも魂の統合は出来ますから。同性の場合は男女関係より、もっとハードルが高いですよね」

あたし「なるほど……」



さっきまで大号泣していたあたしには

もう笑顔が戻っていた。

こんなにもスッキリするとは思わなかった。

そんなわけで美味しく、ヨックモックのクッキーとルイボスティーをいただいた。



どんな格差恋愛で結ばれなかったんだろうと思ってたけど

まさか同性だったとは思わなかった。

向こうは王子様で私は一般庶民で、結ばれなかったというドラマチックな前世だと思ってたから。



彼は現代では、まさに王子様だ。

前世でも王子だったに違いない。

まあ、前世はいくつもあるからそんな過去生もどこかであっただろう。

今世で彼に対していつも「王子様」と呼んでしまうところがあるから。

前世で彼は王子で私は召使い、という世界もどこかであっただろうな。

ひとつの前世を思い出すだけで一時間はかかるから、今日のセラピーはこれで終わりだ。

彼が武士だったとは……。




でもひとつだけ、大きく腑に落ちた事がある。

LGBTだったり同性愛者の事をネットで叩きまくってる人間に、怒りを感じることだ。




「本人たちが愛し合ってるんだからそれでいいじゃん」
「彼らがお前らに直接迷惑かけたのか?関係ない人間があーだこーだ言うな!」

と、現世でも無性に腹が立つことを。

同性で愛し合ったっていいじゃないか。

そんなの人それぞれだというのに、なぜ周りはあーだこーだと批判ばかりするんだ。

なぜ人間って自分と関係ない人たちを、いちいち批判して楽しんでるのだろう。

自分や大切な仲間が酷い目にあわされたならまだわかるけど

なぜ、芸能人などのスキャンダルに対して

目くじら立てて批判しているのだろう。

自分は迷惑をかけられていないというのに。




それは

イジメも同じだ。

男の人はあまりピンと来ないかもしれないけれど

女のイジメは本当にタチが悪い。

集団で一人を精神的に破壊するまで、陰湿なイジメを行う。

ヤツらは悪魔だ。

人間ではなく、悪魔だ。



ヒプノセラピスト「ツインレイの彼と再会したいのなら、インナーチャイルドも癒していかなくてはいけませんね」

あたし「ですね、勉強しました。忘れてしまった自分の子供の頃の傷や孤独を癒す……これこそが退行催眠の出番ですよね」

ヒプノセラピスト「はい。一人で上手くいかなかったらいつでも連絡してください」

あたし「ありがとうございます!」



晴れ晴れとした表情で、あたしはその場を去った。

今までは原因不明の病気を治したい一心で

前世療法を行ってきた。

たかが失恋で、受けに来るとは思わなかった。




そう、たかが失恋だ。

今まであたしは、恋愛ばかりしてきたくせに

なんだかんだ言ってすぐ冷めていた。

冷めてるけど、情があるからそれなりに長くは付き合っていた。

けれどNGポイントが積み重なってそれが溜まった時に

「もう無理。はい、さよなら」となっていた。

今思うと、酷い女だった。

「男なんてこんなもの」

という思いが、根底にあった。

なのにHALにだけは、そんな事がなかった。

ひたすら、嫌われたくない、大好きだ、振られたら二度とこんな大恋愛は出来ない、

これが最後の、恋だと。

そんな彼に振られたというのに

前世で彼と一緒だったということを思い出しただけで

美味しそうなカフェに入って、幸せ気分でコーヒーを飲んでいた。