恋につまづいたくらいならば、立ち直るのは簡単だ。
けれど、一度でも恋に落ちてしまったら、そこから抜け出すのは容易なことではない。

                              ー  アルベルト・アインシュタイン   ー







学長はミッション内容は詳しく言わず、それからは暫く全員、自由に談笑していた。

この高田馬場のリベルテカフェは、カフェバーらしい。

店の場所によっては、カフェだけの場所が多いらしい。

成人には一応お酒も用意してあるらしいけれど

お堅い学長が酒はダメだと言うので

みんな普通にソフトドリンクを飲んでいた。

ま、あたしはそこまでお酒好きじゃないし

大好きなこのコーヒーさえあれば大満足なんだけどね。

コーヒーを持ってきてくれた梅田が、あたしの目の前に座った。




梅田「愛美さん、いよいよだね」

あたし「ミッションは何をするの?」

梅田「それは雄大さんから聞いて?俺は今回はノータッチ」

あたし「マジか……梅田いないと心細いなぁ」

梅田「良く言うよ。俺がLowyaの仲間だと疑ってリナに調査させたくせに」

あたし「えぇっと…それは申し訳ないです……」

梅田「しかも一番俺と関わって欲しくないリナになんて酷いよね」

あたし「どういう事?梅田はそんなにリナの事嫌いなの?」

梅田「リナから聞いたんじゃないの?」

あたし「何を?」

梅田「俺の元奥さんのこと」

あたし「あぁ、聞きましたよ。梅田が元奥さんに暴行事件でしょ?」

梅田「そう。その奥さん、リナの姉」

あたし「…………は!?」

梅田「知らなかった?リナは相当俺に悪意を抱いてるはずなんだけどね」

あたし「し、知らなかった……」

梅田「まあ、今更知っても何も変わらないけどね。それにしても風愛友は人気者だな」

あたし「……うん」




風は、Aチームのみんなに囲まれて、質問攻めにあっていた。

どうしてそんなにいじめ解決うまくいくんですかとか

愛美さんのブログに書いてあるのは全部事実なんですかとか

風も困った顔をしていた。




あたし「……助け舟出してあげるか」

梅田「さっすが。風愛友マネージャー」



あたしはコーヒーをもう一口だけ口に含み

風の方へと向かった。



「なぜ風愛友さんはそんなにモテるのに両思いになれないんですか!?」



この言葉を聞いて、あたしは立ち止まってしまった。



風「ど、ど、どうしてって……両思いになれるって奇跡だからじゃないですか!?」

Aチームの男の子「なるほどですー!やっぱり奇跡なんですね!」



両思いになれるのは、奇跡……。

あたしと風は、

血の繋がった姉弟。

いつも、この事実は忘れそうになる。

だって、未だに実感が湧かない。

あたしがずっと、大好きだった元カレ。

そういう認識でしか、ない。




あたし「風!こっちおいで。梅田が話があるってさ」

風「あ!うん!!」




風は嬉しそうにこっちへ、パタパタと走って来た。



風「梅田さーん!何ですか?」

梅田「へっ?俺なんも呼んでないけど?」

風「えええっ!?」



そこへ伊織ちゃんが嬉しそうに、パタパタと走ってきた。



伊織「愛美さん!こっち来て! 」

あたし「ん!?」



今度は伊織ちゃんはあたしの手を取り、トイレの方へ連れていく。

伊織ちゃんのこの笑顔は……まさか。




伊織「愛美さん……!私大志くんと付き合う事になりました……!」

あたし「やっぱり?」

伊織「え、気づいてたんですか!?」

あたし「いや、伊織ちゃんが嬉しそうだったから」

伊織「そっ、そうでしたか!?」



伊織ちゃんは、顔を赤らめた……。

可愛い。

恋する女の子だ。

あんなに大志に毒舌だった子が、こんなにも豹変するとは思わなかった。

良かったね、大志もこれで生きる喜びが出来るかもしれない。

双極性障害も、そんな簡単な病気では無い事は、わかっている。

だけど、恋愛の楽しみ、喜びがあればきっと。

少しは良くなっていくのだろうと、希望が持てた気がした。



伊織「応援してくれますよね?愛美さん」

あたし「もちろん!大志を支えてくれる存在になってね!」

伊織「はい!」



伊織ちゃんは、大志が双極性障害だということを知らないかもしれないから

余計な事は、言わないようにした。

「支えてあげてね」

この言葉に、全ての思いを込めたつもり…。




その時、斗希と陽介があたしと伊織ちゃんを呼んだ。

伊織ちゃんとあたしが歩き出すと

すると、今度はまた大志があたしの腕を引っ張って外へ連れ出そうとした。



あたし「な、なにっ!?」

大志「すまん、少しだけ話したい。伊織ちゃん、先に座ってて!」

伊織「……うん」



伊織ちゃんの視線が痛い……。

大志があたしの事を好きだったということを

伊織ちゃんは知っている。

富士急ハイランド誘拐事件の時、大志は皆んなの前で

「愛美の事好きです」と

HALに宣戦布告したから……。

外に出ると、明日から4月だというのに

ひんやりと冷たい風が、あたし達二人を包んだ。



大志「まなみ!」

あたし「は?」

大志「出て来れない?一瞬だけでいいから!」

あたし「ちょ、やめてよ!あたし人格交代コントロール出来ないんだから!」

大志「……すまん。どうしても最後に話したくて」

あたし「さ、最後ってやめてよ縁起でもない」

大志「まなみとちゃんと話し合って、ケジメつけたかったんだよ。まなみとも付き合えないって」

あたし「あぁ。伊織ちゃんと付き合う事になったんだもんね。まなみは大丈夫だよ。あいつただの男好きのヤリマンなだけだから」

大志「……伊織ちゃんにどこまで聞いた?」

あたし「どこまでってそれだけだよ」

大志「付き合ってもいいとは言ったけど、好きになれなかったらごめんなさいするって言った」

あたし「え?それは無責任すぎない?好きでもないのに付き合うの!?好きになってから付き合うものなんじゃないの!?」

大志「だって伊織ちゃんが、好きじゃなくてもいいから付き合ってって言うから。付き合ってみたら、好きになれるかもって」

あたし「……そういう考え方もあるのか……」



確かに、顔だけで人を好きになるわけではない。

ってイケメンばかり好きになってるあたしが

こんな事を言うのも説得力ないが。

お試しで付き合ってみて、相手の事を知っていくうちに

愛が芽ばえる……という事象もあるはずだ。

ただ、あたしには到底真似出来ない。

好きでもない人と、とりあえず付き合ってみるか、とはなれない。

時間の無駄とまでは言わないけれど

それで好きにならなかったら、相手を傷つけてしまう。

好きな人とだけ、一緒にいたい。

好きな人とだけ、手を繋ぎたい。

好きな人とだけ、ハグしたいしキスをしたい。

好きな人じゃないと

死んでも、セックスはしたくない。




……あたしの頭が、固すぎるのだろうか。

柔軟性がない、昭和の人間だと、笑われるのだろうか。

それともこの考え方は

和樹に暴行、レイプされたトラウマから来ているのだろうか。



わからないけれど、自分は自分、人は人だ。

考え方は、人それぞれ違う。

あたしがどうこう言える立場でもない。



ただ、伊織ちゃんのあの笑顔を思い出すと

「好きでもないけどとりあえず付き合ってみる」

という大志の言葉には

少しの苛立ちは抱いてしまう……。




大志「解離性同一性障害のこと、ちゃんとじっくり調べたんだ」

あたし「え?」

大志「交代人格は、完全なる別人として、誠実に向き合うべきだと書いてあった」

あたし「...……うん」

大志「だから、まなみとしっかり話をしておきたくて」

あたし「……そっか」




その気持ちは、素直に有難かった。

あたしはまなみの事なんて、どうでもいいどころか邪魔者でしかないけれど。

それでもちゃんと、あたしの病気と向き合ってくれてるんだと。



大志「……でも、まなみってこの事も見てるのかな……前衛人格?」

あたし「さぁ。興味無いからわからないや」

大志「そっか……」

あたし「大丈夫だよ。まなみは男なら誰でもいい女だから、そんなに気にしないで?」

大志「うん……」

あたし「ほら!伊織ちゃん待ってるよ!」

大志「お、おう……」




大志の背中を押した。

……色んな意味で。

まなみやあたしなんかに、構ってる暇なんてないよ。

大志には、自分の幸せに向かって生きて欲しい。

大志はいつも明るくて、典型的な陽キャで

優しくて場の空気を読める男。

顔だってかっこいいもん。

……勿体ないよ、報われない恋に時間を割くなんて。

丁度そう思った時だった。



「愛美ー!」



遠くから、風が手招きをしていた。



報われない恋……。



あたしが呆然と風を見つめたまま立ちすくんでいると

風が不思議そうにこちらへ向かってきた。



風「どうした?大志さんに何か言われた…?」

あたし「…いや」

風「……何があった?」

あたし「……人の幸せを願っても、上手くいかないものだなって思って……」

風「……」




風はあたしから目を逸らし、床を見つめた。




風「愛美、昔からよく言ってたじゃん。自分の幸せは、自分で決めるって」

あたし「うん…」

風「幸せは人それぞれ違うんだよ。俺の幸せはやっぱり、愛美なんだよね」

あたし「……」

風「諦めるって言ったけど、俺はやっぱり諦めない事にした」

あたし「え……?」

風「血が繋がっててもさ。一緒になれるもん。結婚とかは出来ないのかもしれないけど、籍入れなければいいだけの話で」

あたし「風……」

風「未来のこと考えるのはもうやめた。今の幸せだけを考える。でも……HALさんには俺は愛美の事諦めたって言っといて」

あたし「ど、どういう事?」

風「俺が二人の邪魔してる気がするから。でも、それでも、俺は大人のいい男になって、HALさんと正々堂々と戦うよ」

あたし「……」

風「人って変わるものだって……L先輩の名言、愛美のブログに書いてあった。数年後、状況は変わってるかもしれない。だからこそ、俺は今を生きることにする」

あたし「風……」




何も、言えない。

確かに、あたしとHALが「別れない」なんて保証は全くない。

その日まで、待つってこと……?



たったの15歳の目の前の男の子は



何か決意したかのように



あたしを、見つめていた。