私の、今日のすべて、そしてこれからのことも、すべて、私の母のおかげである。

                             ー  エイブラハム・リンカーン  ー







「なぜあんな事を?」



車に乗り込んだ瞬間、佐藤は言った。

さすがSPである。

ホテルを出るまで誰が聞いてるかわからないから、ここでようやく聞けたのだろう。




あたし「HALの敵を一人でも減らしたかったからに決まってんじゃん」

間宮「あれじゃ、増やしてるようにしか見えませんでしたけど」

あたし「そう?上の組織の人はみーんなあんな感じの喋り方だよ」

佐藤「しかしリナさんの名前を出すとは……あれじゃ愛美さんがリナさんの仲間だと公言してるようなものでは?」

あたし「リナの仲間だと思われてた方が都合いいよ。リナは女だけの秘密組織。女の怖さは一番上の組織がわかってると思うんだよね」

間宮「女なんて全く怖くありませんけど」

あたし「間宮はSPだからね。リナの組織は、女しかいない。そしてリナの組織の人間は、リナの組織に入ってますと公言しないと思うんだ、予想だけど」

間宮「予想なんですか?」

あたし「うん。だって実行部隊はリナだけじゃないもん。リナには黒い噂がたってるから、簡単にリナを信用して愛人にする人なんていないんじゃないの?リナの組織の女の子達が、依頼を受けてターゲットのおっさん達に近寄り、ハニートラップをかける。そして重要な証拠とかを手に入れ、それを公表し社会的に破滅させる……そうなると、私はリナの組織に入ってまーすなんて言うわけない」

佐藤「確かにそうですね。じゃ、リナさんの組織に誰が入ってるのか、誰にもわからないってことですか」

あたし「そう。だからね。上の組織の人や大企業に務める人も政治家も、リナの組織の存在を知ってる男ならば女の事信用しないんじゃないかな。もし自分に色目使ってきたら、よし!愛人にしよう!って気持ちより、コイツはもしかしてリナから送られてきた使者じゃないか?と疑心暗鬼になる」

間宮「なるほど。誰も信用出来なくると」

あたし「そしてHAL派はほとんどが男。優秀なハッカーのJもいて、更に婚約者のあたしがリナと仲がいい。そうするとHAL派プラスリナの組織も敵に回すかもしれない…そうしたら早々HALを
敵に回すことは出来なくなるから。だから先に釘を刺しておいた」

間宮「……愛美さんも怖いですね……」

あたし「愛する人を護りたいだけだよ」

佐藤「はい。愛美さんの愛は本物だと思います」

あたし「褒めても何も出ないぞ?」




そんな話をしていたら、16時過ぎに実家に着いた。

あたしはスーツケースをゴロゴロと転がし

佐藤は車に留まり、間宮に警護されて実家の前へ。

チャイムを押すと、お母さんが慌てて出てきた!



お母さん「愛美!おかえりー!!」

あたし「うぉっ!?ハグは後ででいいから!スーツケースだけとりあえず中に!」




……お母さん。

あたしの、お母さん……。

あたしのお母さんは、たった一人だけだからね。



間宮「では、外で待ってます。風愛友の家に行く時にまた連絡ください」

あたし「おっけ!」

お母さん「え……?ふうくんちに行くの……?」

あたし「うん。風もあたしの事心配してたからちょっとだけ話すんだ」

お母さん「そ、そう……」




お母さんの様子がおかしい。

まるで、風の家に行って欲しくないような。

まさかお母さん……

あたしと風が姉弟だと、知っている……!?



お母さん「洗濯物は?どれ?」

あたし「いや、ほとんどクリーニングされてるから……あ、昨日着たこれだけかな」

お母さん「やるからあんたは座ってな!」

あたし「いやいや、これぐらい自分でやるわ」

お母さん「コーヒー飲みなさいって!」




お母さん、あたしに気を使ってる。

いつものお母さんでいていいのに……。

あたし、お母さんと血が繋がってなくても

今でも変わらず、お母さんだと思ってるし。

逆にここまで育ててくれて、感謝してるのに。

嫌いになんて、ならないのに。



ある程度、スーツケースの中身を片付けて

あたしはソファーにゴロンと転がって伸びをした。



あたし「はーーー!やっぱ実家は最高だー!」

お母さん「ど、どうだったの同棲生活は!?昨日いきなり同棲やめる、明日帰るってLINE来てからHALさんと喧嘩でもしたのかと!なんで!?ってLINEしたのに無視されたし!」

あたし「あぁ、ごめんごめん。昨日横浜にデート行っててさ。バタバタしてたから返事出来なかった!」

お母さん「横浜?デート?そこで喧嘩したの?」

あたし「してないっての。終始ラブラブだったよ。ホテル戻ってからもエッ……」




エッチしたもん、と言いそうになった!

さすがに血が繋がってなくてもこれは恥ずかしい!




お母さん「えっ?」

あたし「いや、犯人捕まってはないけど、とりあえず狙わないって約束したらしいのよ!だからもう安全なの!ホテルの宿泊代もかかるし、とりあえず自宅に戻ることにしたの!」

お母さん「ほ、本当にもう大丈夫なの?」

あたし「まあ一応、SPはつけたままらしいけどね。大丈夫よ。次に家を出る時は結婚する時だから」

お母さん「聞きたいことたくさんあるんだけど……同棲生活はどうだった?」

あたし「良かったよ。HALの嫌な所なんて見つからなかった。逆に一刻も早く結婚したくなったぐらい!」

お母さん「そ、そう……!良かったね……!」

あたし「普通にうんこ出来ないのが辛かった」

お母さん「あんた野獣みたいなのにそういう所は乙女なのね……」

あたし「お風呂沸いてたりする?」

お母さん「もちろん!沸かしといたよ!」

あたし「久しぶりに狭いお風呂入ってくる!」

お母さん「狭いって……余計だわ」




狭いのは、褒めてるつもりなんだけどな。

あんな高級ホテルのとんでもなくでっかいお風呂、一人で入るのは凄く寂しいもん。

サウナルームやらなんやらあって

広すぎて落ち着かない。

まあ慣れては来ていたけれど。

お風呂は一人で入るものだから、狭いのが一番落ち着く。




髪の毛洗って、体も洗って湯船に浸かる。

最高!

浴槽も狭い方が、ピッタリ体がはまる!

20日ぶりの実家……。

やはり、落ち着く。



髪の毛を乾かしていると、アキラからLINEが来ていた。



アキラ「風愛友はとりあえず落ち着いてたよ」



……報告遅くない?

まぁいいや。



あたし「ありがと。今から風の家行くんだ」

アキラ「何しに?」

あたし「風がお父さんと話をするんだって。愛美も来て欲しいって」

アキラ「それやばくない?お父さんブチギレて暴れたりしない?」

あたし「なんでお父さんが。大丈夫でしょ」

アキラ「いやーなんか胸騒ぎするんだよな」

あたし「何かあっても佐藤と間宮いるから大丈夫よ」

アキラ「まあな。お前も久しぶりの実家だろ。暫く休めよ」

あたし「うん、ありがと」




アキラ……優しいな。

アキラの優しさを感じるたび、胸が切なくなる。

アキラは、あたしじゃなくてもっと……

素敵な女の人が似合う……。




「  心  に  も  な  い  事  を  」




あたし「は?うるさいまなみ。あんたは黙ってて」



ムカつく。

そりゃ、アキラが他の女の人と幸せそうにしてるのを想像するだけで

胸がチクリと痛むけど!

それは認める!

だからと言って、あたしはHALと結婚するんだから。

風にもアキラにも、幸せになってもらいたい。

そうしたら今度こそ、あたしの風やアキラを大切に思う気持ちが

完全に、成仏できるんだ。




久しぶりのお母さんの手作りの夕飯。

あたしの大好きな、豆腐ハンバーグとポテトサラダ。

ご飯と、なめこと豆腐とネギの味噌汁。

あたしの好物を知っててくれて

とても面倒なはずの、豆腐ハンバーグをわざわざ作ってくれた。

感謝しかない……。

いつもならここまで感謝しなかった。

自分の親だから、当たり前のように思っていた。

逆に、血が繋がっていないと知る事が出来て

あたしは良かったのかもしれない。




あたし「お母さん、ありがとう。最高に美味しかった!ご馳走様でした!」

お母さん「は!?あぁ……え?なんか気持ち悪いねぇ」

あたし「同棲してたからかな?お母さんの有難み、わかった気がしてさ!」

お母さん「愛美…………」

あたし「ちょ、泣かないでよ!?」



お母さんはいきなり泣き始めた!



あたし「そんなんじゃあたしとHALの結婚式、お母さん泣きすぎて干物になるね」

お母さん「いや〜歳のせいだね……最近テレビドラマ見ててもすぐ泣くのよ……」

あたし「人間なんだから、いい事じゃん。じゃ、風の家に行ってくるね」

お母さん「……今日はちゃんと帰るんだよね?」

あたし「もちろん。向こう親もいるしすぐ帰るよ。佐藤と間宮もついててくれるし」

お母さん「親……いるの?」

あたし「あ、いるっていうか仕事から帰ってくる」

お母さん「じゃ、早めに帰るんだよ?」

あたし「うん!じゃ行ってきます!」




ほのぼのと、あたしは過ごした。

血が繋がってなくても

あたし達は、正真正銘の「家族」だ。

だからこれから風の家に行って

大修羅場になるなんて

予想もしていなかった……。