希望は真実という裸を隠すための天然のベールである。

                                      ー  アルフレッド・ノーベル  ー







最後の夜は、激しく愛し合った。

もう二度と会えないかのように

あたし達は、互いの肉体を求め合った。

いつの日か……結婚して

また、二人で暮らせる時が来ると

信じていた。




2017年3月28日




目が覚めたら、HALは居なかった。

最後の最後まで、あたしは早起きして彼氏の為に朝食を作るという

彼女らしい事は何一つ、出来なかった。

まぁ、ここにキッチンすらないのだが。

もう、ここのホテルとはお別れか……。

急に悲しくなってきた。

コーヒーを飲んでから、あたしはスーツケースに自分の洋服を詰め込んだ。

昨日愛し合った余韻に浸る訳でもなく

心は「無」だった。

その時、部屋の電話が鳴った。

無音の部屋だったから、心臓止まるかと思った!




あたし「は、はい?」

フロントの人?「愛美さん。今日チェックアウトだそうですね」

あたし「……え?」

フロントの人?「あぁ、すみません。オーナーの藤木です」

あたし「あぁ!」

藤木「ささやかではありますが、本日のランチをプレゼントさせていただきたいと思いまして。何時からでも大丈夫です。都合のいい時間はありますか?」

あたし「ランチ!?あ、ありがとうございます……!じゃあどうしようかな……」




時計を見ると、もう11時過ぎていた。

もうこんな時間だったんだ……。




あたし「12時半でも大丈夫ですか?」

藤木「はい。レストラン開いてる時間ですから助かります。では10階のMIGLIORE AMICOというレストランにお越しくださいませ」

あたし「ありがとうございます……」

藤木「いえいえ、こちらこそ長いご滞在ありがとうございます」



長いご滞在……か。

そうか。HALは20日分のホテル宿泊費を払ってるんだもんな。

このホテルとんでもないホテルだし、ちょっと宿泊費調べてみよう。

部屋はやたらと広いし、部屋数たくさんあるし

当然これは、スイートだろう。




あたし「さ、30万!?」




盛大なひとりごとを言ってしまった!

いや待って。確かに高そうなホテルだとは思ったけども!

1泊30万ってどういう事よ!?

スイートにも色んなスイートルームがあった!

プレジデンシャルスイートとか

アンバサダースイートとか

ビジネススイートとか

グランドエグゼグティブスイートとか

カタカナすぎて意味わからん!!

しかしどう考えてもこの写真はこの部屋だ……。




30万って一人30万なのか?

それとも何人で使おうと、一室30万なのか?

ラブホと同じ計算方法でいいのか?

庶民からしたら、全然わからない。

もし一室30万だとしても、20日間一緒に住んでたから

600万円……!?

しかも佐藤と間宮の部屋まで取ってある!

彼らも同じホテルに20泊してるんだ!

という事は簡単に見積もっても、1200万!?

連泊割引的なのもありそうだけど

そんなのHAL、絶対考えてないでしょう。




めまいがして倒れそうになった。

車十台買えるじゃん……。

同棲しなくていいからその分、車一台買って欲しかった……。

これは、早めに同棲解消して良かったのかもしれない。

HALのお財布的に。

こんなに軽く1200万払えるのなら、確かにHALにお金借りて、親に学費返した方が早いのかもしれない。

……いや。

彼氏にお金借りるなんてさすがにやだ。

HALの元カノ達、みんなお金目当てだと言っていた。

HALの基本人格のシオンも、そんな女が大嫌いだったと言ってたじゃないか。

「金に群がるメス豚どもが」

物凄く、軽蔑してたもん。

あたしが「やっぱりお金貸して」なんて言い出したら

「やはり愛美さんもそこらへんの女と同じなんですね」

と、軽蔑されるかもしれない。




あたし「げげ!?もう12時過ぎてる!」




今更、泊まっていたホテルの料金なんてググッてる場合ではなかった。

それよりも悔しかった。

最初からちゃんと調べといて、

このとんでもないホテルを隅々まで楽しんでおけばよかった!

全くもったいない!




間宮「このホテルの料金ですか?我々は最初に調べてましたよ。確か1泊48万でしたね」

あたし「高くなってる!!」

佐藤「でも上の人がお友達料金に値下げしてくれてると言ってましたよ?キリよく1泊30万にしてもらってるとか何とか」

あたし「下がっててもあんま変わんない!!」

間宮「それよりもなぜ同棲最終日に部屋の料金調べたのか、そっちの方が不思議ですが」

あたし「そ、それは確かに思うわ……でもあの時は色々何が何だかわからなかったのよ」

佐藤「愛美さんも追い詰められてましたしね。キラが殺されたり、新大久保で襲われたりして」

あたし「うん……」

間宮「おぉ……この物体凄く美味しい……」

佐藤「それ雲丹じゃない?」

間宮「う、雲丹……これが……?まさかそんな」

あたし「よもやこれが何の食材を使ってんだか、あたしにはわかりませんわ」




あたし達は、フランス料理のフルコースを堪能していた。

あたしはフランス料理よりもイタリアンの方が好きではある。

でもこのフランス料理は、訳も分から無いほどに美味しかった。

でもメインディッシュに辿り着くまでに、満腹になって胃袋が破裂寸前で死にそうだった。

タッパー持ってくれば良かった……。




藤木「どうでしょう。うちの料理は」

あたし「ひぃっ!?」




急に背後に藤木が立っててフォークを落としそうになった。




あたし「突然背後に立たないで貰えます!?」

藤木「あぁ、申し訳ございません…解離性同一性障害の事をすっかり忘れてました…」

あたし「……え?」




解離性同一性障害……

あぁ、そうだ。

風が解離性同一性障害になった時、あたしはどこかのサイトで読んだのを思い出した。

解離性同一性障害の人の背後に立ってはいけない、と。

だからあたし、驚いたの……?




佐藤「愛美さん。ちゃんといつでも周りに気を配ってないと危険ですよ」

間宮「そうそう。我々はSPとして周りを常に警戒するように教わりました。愛美さんは狙われてるというのに無防備すぎますよ」

あたし「なんかあたし、一点集中しちゃうんだよね」

藤木「ひとつの事に集中出来るという事は素晴らしい才能です。治す必要はないと思います」

あたし「ありがとうございます。藤木さん良い奴すぎでしょ」

藤木「い、良い奴って」

あたし「あ、すみません!いい人です!あと食事も美味しいです!」

藤木「せっかくここのホテルに泊まって貰ってると言うのに、HALはここのレストランをなかなか利用してくれなくて。張り合いがなかったんですよ」

あたし「毒盛られらると思ってたんじゃない?」

藤木「どっ……!?」

佐藤「ちょ、愛美さん!それは言い過ぎでは」

あたし「HAL、今は誰のことを信用していいのかわからないからね。例え上の人で偉い人で同じ派閥だとしても、完全に信用してもいいものなのか?」

藤木「……そうですね。これだけHALの周りで誘拐事件や殺人事件があれば、そう簡単に人を信用出来ませんよね」




殺人事件……?




なぜ藤木は、キラや上の人が暗殺されたと知っている……?

これは公にはなっていないはず。

キラは自殺。

上の人は他殺だったらしいけど、交通事故というカタチで片付けられた。

この人は上の組織の人だから知ってるのか?

それとも……。




あたし「藤木さんは何派ですか?」

藤木「はい?」

あたし「HAL派?それともロバート派?」

藤木「……」

あたし「答えられないの?」

藤木「どこにも属してるつもりはありませんが」

あたし「ならアリサ派って事か」

藤木「……愛美さんはどこまで知ってるんですか?」

あたし「なーんにも知らないよ?あ、あたしリナに気に入られてるんだよねぇ」

藤木「リナって……まさか、あのリナですか!?」

あたし「そう。リナと会うとね?色んな話を聞けて楽しいんだよねぇ!」

藤木「……そうですか。交友関係が広いのはいい事です」

あたし「多摩地区統括補佐として、ではなく。
HALの婚約者として言いますけど」

藤木「……はい」

あたし「HALの足を引っ張る人間がいたら、あたしは容赦しない」

藤木「……そうですね」

あたし「Jという仲間もいるし、リナという親友もいる。風愛友というマスターのお気に入りもいる。だから」




あたしはアイスコーヒーを一気飲みして

藤木を睨んだ。




あたし「HALの敵は、あたしが一人残らずぶっ潰してやる。
大手企業の社長だろうが政治家だろうが、HALがやられたらあの手この手で地獄の最底辺にまで送ってやる」




そう言うと

藤木はニコッと

笑った。