死が訪れた時に死ぬのは俺なんだ。
だから自分の好きなように生きさせてくれ。

                                           ー  ジミ・ヘンドリックス  ー




馴染みのあるポルシェが

車寄せに、停車していた。



後ろから歩いていて、ポルシェに近づくと

アキラは窓を開けて、片手だけ出して手を挙げた。



くっ……!

カッコイイ真似しやがって。

こんな事じゃあたしはときめかないからなっ!

とか言って全然知らない人だったらどうしよ。

不安になりながら近づくと、アキラだった。




あたし「アキラ……」

アキラ「なんだよ。まさか惚れた?」

あたし「左ハンドルって、あたし他の車に轢かれるよね。位置的に」

アキラ「おまっ……!うるせぇな!外車だから当たり前だろ!?」

あたし「HALのは外車だけど右ハンドルだよ」

アキラ「外車で右ハンドルは邪道じゃ!」

あたし「でもHAL、右ハンドルじゃないと日本の公道は不便ですって言ってたよ」

アキラ「た、確かに右折する時、対向車見ずらいし、バスが停車してても対向車見えないから追い越すの無理だし、パーキングチケット取るのも右側しかないと降りないと取れないけど、そんなの不便のうちに入らない!」

あたし「めちゃくちゃ不便じゃん」

アキラ「でも左側に路駐してる車はすぐに見破れるし!」

あたし「見破れても対向車見えないんじゃ抜かせないじゃん。ポルシェこんなに車高低いから前に車いたらその車が邪魔で見えないんじゃない?」

アキラ「あーもう!左ハンドルのダメ出ししに来たんかよ!?いいから早く乗れよ!」




面倒臭いけど、車に轢かれる側に出て

ポルシェの助手席に乗り込んだ。

清里行く時は、うわ、右側に座ってる〜!なんて感動してたけど

絶対不便だろう。

あの日は、ほぼ高速に乗ってたし

清里は山道だったり見通しが良かったから、特に何とも思ってなかった。

だけど清里に行く前の、地元の寿司屋行く時や

今日の昼にホテルへ送って貰う時は

確かに運転しずらそうだった。




アキラ「よし。とりあえず向かうよ」

あたし「待って。これだけ言ってもいい?」

アキラ「何?」

あたし「PORSCHEってデカデカと後ろに書いてあるじゃん、あれ、パッと見ポルチェって読めない?」

アキラ「んな!?お前ポルシェをバカにしたな!?全世界のポルシェ愛好家を敵に回したぞ!?」

あたし「どこがバカにしてるのよ!?ただの世間話じゃん!」

アキラ「世間話なんかしてる暇ないだろ!もう出発するぞ!」

あたし「あ、待って」

アキラ「まだ何か!?」

あたし「間宮達来てからにして。まだ来てないみたい」

アキラ「……あ、そっか」




アキラって、可愛い奴だ。

HALと本当に兄弟なのかと疑うほど、子供っぽい。

あ、でもHALは別人格だから……。

基本人格のシオンも、実は子供っぽいところあるのかな?

シオンとは何回か会って話しているけれど

シオンという人がどういう人なのか

あたしはまだ、わかっていない。




間宮「後ろに付きました。準備OKです」



間宮からLINEが来た。



あたし「出発していいって」

アキラ「了解」



それから、HALの病院に着くまでの約15分。

特に会話らしい会話はしなかった。

アキラが事情を、色々聞きたいと言っていたのに。




運転してる、アキラの横顔を見た。

...かっこいい。

HALとそんなに似てはいない。

パーツはところどころ似てるなとは思うけど

二人並んで歩いてたとしても、兄弟だとは思えない。

HALは正統派イケメンって感じで

アキラは俺様系イケメンって感じ。

そもそも、二人とも愛想がいいタイプではない。

HALに関しては、いつも真顔だ。

常に厳しい顔をしていて

人に対してニコニコ笑ってるところなんて見たことがない。

アキラはHALよりも、ニコニコはしてないけれど

喜怒哀楽は出す方かも。

笑顔はないけれど

人をバカにしたような笑い方、

とにかく憎たらしい表情は良くする。



視線を感じたのか、一瞬だけあたしをジロっと睨んだ。



アキラ「なんだよ」

あたし「べ、別に」

アキラ「かっこよすぎて見とれたのか」

あたし「まあね」

アキラ「んぐ!?」



アキラが目を丸くしてあたしを見た。



あたし「ちょ、前向いて!運転手はよそ見しない!」

アキラ「あ、あぁ...」

あたし「アキラはかっこいいよ」

アキラ「そんな事は百も承知。だけど、お前がそんな事言うなんてめずらしいな」

あたし「かっこいいから……女に困らないよ」

アキラ「それは当然!」

あたし「だから、あたしなんかに構ってちゃ駄目だよ……他にいい人見つけたら、アキラすぐに幸せになれるのに」

アキラ「本当だよ。なんでこの俺様がお前なんかにゾッコンなんだか。逆に俺が知りたいわ」

あたし「ごめんね…………」

アキラ「な、なんで謝るんだよ」



ごめん。

恋愛なんて、勘違い。

そんな勘違いをさせてしまって、ごめん。

あたしが別人格さえ出来ていなければ

アキラは他の素敵な女の人好きになって

今頃、人生薔薇色だったはずなのに……。



アキラ「でも、俺は別に恋愛依存症ではないから。恋愛する為に生きてるわけじゃないしな。俺は俺がしたいように生きるだけ。だからお前もそんなに思い詰めるな。深く考えるな」

あたし「うん」

アキラ「人のことばかり心配してっからお前までDIDになったんだよ。もっとお前も自己中に生きろって」

あたし「……うん」



あたしは、我慢なんてしていない。

風が好きだ、HALが好きだ、

そう言いながら、風を追いかけながらも

HALをあたしのモノにした。

こんな自己中な人間、そうそういないだろう...。



そこからお通夜のように黙りこくって

HALの病院に着いた。

本当に、ホテルから近かった。



アキラ「婦人科で仲良い奴が当直だから、行ってくるけど…お前も来る?」

あたし「え?あ、行く。飲み方とか注意事項とか聞きたいし」

アキラ「じゃ、SPに連絡しな」



間宮と佐藤を引き連れて

真っ暗な病院へ向かった。

懐かしい。

HALが意識不明の重体になった時

この裏口を通って、JKのコスプレしてここに潜入したっけ。

その時とは違い、アキラは普通に社員証みたいなのをピッと当てて

堂々と、社員用出入口から四人で侵入した。



そして、今にも幽霊が出そうな真っ暗な病院を歩き

婦人科病棟へ向かった。

ここも懐かしい。

あたしが、流産した時に入院した所だ。

あの時は本当に、人生どん底とまで思っていた。

そう考えると、人生って物凄く色んな試練がある。

過ぎてしまえば、なんて事なかったと思える。

だけど、試練の渦中にいる時は

そうは思えない。

今日の出来事も、いつしか笑って話せる時が来るのかな……。




アキラ「飯尾!頼みがあるんだけど」




ナースステーションの近くにある、大きな部屋から

黒縁メガネの、真面目そうな男の人が出てきた。



飯尾「あれ、アキラさん。今日飲み会じゃないんですか」

アキラ「あー。色々あってさ。飲み会来る女が緊急でアフターピル欲しいんだって。レポノルゲストレル一錠くれない?」

飯尾「ここにはないですよ。薬局行って下さい」

アキラ「悪い!適当に処方箋作って薬局に出しといて!薬局から薬奪ってくるから」

飯尾「全く...女癖は未だに治らないんですね。いい年なんだからゴムぐらいしてくださいよ?」

アキラ「俺じゃないし!避妊は毎回しとるわ!じゃ、処方箋提出頼んだよ!?」

飯尾「はいはい。わかりましたよ。その代わりいつもの頼みましたよ」

アキラ「シャトーマルゴーな。了解了解!じゃ、よろしく頼んま!」

飯尾「はい」




アキラ「よし、次はこっち!」

あたし「シャトー何とかってなに?」

アキラ「あぁ。ワインだよ。あいつすぐ俺にシャトーマルゴーねだってくる」

あたし「ワインか...なんでお金持ちってワイン好きなんだろうね。七不思議だわ」

アキラ「あいつ別にそこまで金持ちじゃないけどな」



それから、また広大で真っ暗な病院を練り歩かされた。

毎回思うけど、大きすぎるのよこの病院。



佐藤「アキラ様。この時間は薬局は閉まってるんじゃ?」

アキラ「閉まってるね。でも俺薬局の鍵もってるし」

あたし「へ!?盗むの!?」

アキラ「盗まないわ。後で金払うし。後払いってやつ。そもそも処方箋ないと処方薬って出せないからな。今は勝手に持ってくしかないわけ。これ絶対バラすなよ?」

あたし「お、おけ...」



大丈夫なのかな。

監視カメラとかに映っててアキラ逮捕されたりしないのかな。

アキラは薬局のドアを鍵で開けて、堂々と中に入った。



アキラ「どこだっけかなー」



アキラは棚の中を端から端まで物色していた。

あたしも探そうかと思ったけれど

知りもしないのに変な所開けて防犯ベルとか鳴ったら怖くて

アキラを見守る事しか出来なかった。

その時。




間宮「アキラさん!誰か来ます!」

アキラ「え!?」

佐藤「早く隠れて!!」

あたし「え!?え!?」



巨体の佐藤達が、あたし達を薬局の中へ押し込んだ。

低い棚の陰に、アキラとあたしはしゃがんで

間宮達は、外からは死角になる所に隠れた。



カツン、カツン、カツン......



足音が



近づいてきた……!