「あんたHALさんを裏切るような事、してないよね?」




家を出る時に母に投げかけられた言葉が

頭を石で殴られたように、痛かった。

してるよ。

いつも。

昔から。

最初から、裏切ってます。

心の中で、返事した。




「してないよ。いってきます」

あたしはそれだけ言って、家を出た。





11月3日


「お疲れさまです。体調はどうですか?」




いつも通りの、HAL。

綺麗な顔して、ニコッと爽やかに笑う。


HALの誕生日のあの一件から初めて会うから


ほんのちょっぴり、不安だったけれど


いつもの優しい笑顔で、安心した。





あたし「大丈夫!HALは元気?」

HAL「最近愛美さんに会えてないからちょっと元気ないかも」





顔がボッ!と熱くなった!

うわ。絶対今あたし赤面してる!




あたし「またまたー!HALも口が上手くなったねぇ」

HAL「いや、本当の事言っただけですけど?」


あたし「なんか、HALも変わったよね」

HAL「どこがです?」

あたし「昔はあなたなんか大嫌いですとか言いながら、チュッチュチュッチュしてきたくせに」


HAL「そ・・・それは言いっこなしですよ」


あたし「なんでよ。今じゃデレデレだよね」


HAL「デレデレなんかじゃありません。普通ですよ?」

あたし「普通なのかな?てか何をもって普通っていうのかがわかんないや」

HAL「確かに。普通の基準って人それぞれだから曖昧ですよね」





普通の基準か。

あたしは、全てが異常だと思っている。

今のこの状況も

昔も・・・。


それに慣れてしまえば、

「異常」なことも「普通」になっていく。


そもそも、あたしが中学生を好きになる事が「異常」だった。

でも周りのみんなは、それを受け入れてくれたから

それを「普通の事」として受け止めてくれたから

あたしは自分のことを

「正常」だと勘違いしているだけなのかもしれない。




13時過ぎ。


HALのオススメ高級イタリアンレストランは

高そうだっつーのに、カップルで賑わっていた。


相変わらず、今日はどこに行くとか


一切教えてはくれなかった。


何が食べたいかとはLINEで聞かれて


あたしが「ピザ!」って言ったから


イタリアンレストランにしてくれたんだろうけど


あたしはイタリアンレストランと言えば


サイゼとかグラッチェぐらいしか思い浮かばないのに


本格派高級イタリアンレストランに連れてこられた。


とはいえ、今までみたいに破格の値段ではない。


近々、結婚する予定だったから節約しようと約束をした。


だから、流産して結婚は延期になったから


またバカ高い超高級レストランかと思いきや


そこまで、高くなかった。


とはいえ、久しぶりだ。こんな高級レストラン。


またもや、写真の付いていないメニュー。


相変わらず名前だけじゃ


どんな料理が運ばれてくるのかわかりゃしない。


料理名をこんなに長く説明するぐらいなら

逆に写真つけたほうがわかりやすいんじゃないの?

結局、わかりやすい名前のパスタにした。

ランチだからかなり安いほうだ。

2200円だから、自分で払える。





しかも内装もお洒落で、


とんでもなく広いレストランだから


HALの大嫌いな満員御礼レストランではなかった。


何組かカップルはいるけど、遥か彼方の席だから


会話は全く聞こえない。


席に案内されて、メニューを開く。





あたし「風愛友は・・・大丈夫だったの?」


HAL「はい。お父様がすぐに病院へ連れて行って、検査しましたが大丈夫だそうです。熱も一時的で、すぐに下がりました。白血球も正常値に近くなってるようです。吐き気はやはり、副作用ですね・・・」


あたし「良かった・・・。でも、凄く辛そうだった・・・」


HAL「苦しんでる人を見るのは、辛いものですよね・・・。でも医者は、そんな事言ってられなくなる」


あたし「医者・・・確かにそうかもね」


HAL「医者は、いちいち患者さんに同情し、涙を流していられません。
ある意味、医者になるということは人間の情を捨てる事です。

割り切らないと治療に集中出来ないし、いちいち共感なんてしていると自分が病みますから」


あたし「だから、HALは医者になるのやめたの?」

HAL「・・・・・・いえ。もっとくだらない理由ですよ」


あたし「そっか」

HAL「・・・・・・・・・・・・」






話してくれると思った。

だから「どんな理由?」と、聞かなかった。

言いたければ言ってくれるだろうと。

そしたら、言わなかった。

気まずそうに、HALの目が窓の外を泳いだ。




言いたくないなら、聞かない。

言いたいなら、自分から言ってくれるだろうから。

好きな人の事は全部知りたいけど

ここは、ガマンしなきゃ。

これからはカッコイイ大人の女を目指すんだ。




あたし「まー、あれだね。アキラなら、情なんかないからピッタリなんじゃん?」




話題を変えたつもりだった。




HAL「・・・あの人は意外に情が深いですよ。少なくともわたしよりは」



あたし「情が深い人が弟の女に手出そうとするかぁ?」



HAL「え?」



あたし「まぁ、全然LINEも来ないから向こうも本気じゃないだろうけどさ」



HAL「LINE?連絡先交換したんですか?」


あたし「は?交換なんてするわけないじゃん。HALから貰うって言ってたよ?え、あげてないの?」


HAL「あげてません。そんな事するわけないです」



あたし「えー!?じゃ、どうやってあたしの連絡先手に入れたんだろ?逆に怖いんだけど」


HAL「・・・・・・兄さんは、なんて?」



あたし「俺の愛人になれって。そしたらHALの秘密教えてやるって。あたしはもちろん断ったけどね」




さっきから険しい顔をしてたHALが

テーブルのナフキンをグシャッと、握りしめた。

HAL・・・?








HAL「あのクソ野郎・・・・・・・・・・・・!」






え?




アノクソヤロウ






確かに言った。

小さな声でだけど。

物凄い、鬼の形相で。

HAL・・・・・・?


だ、誰・・・・・・?


友也・・・?





真っ先に友也を連想した。

いや、違う。

この人は、HALだ。




あたし「あ、あの・・・」





一瞬の凍りついた時間を思いきって溶かす。

HALはビクッとしたと思ったら


すぐに、いつもの柔らかい笑顔に戻った。






HAL「兄さんなんか、ブロックして下さい。相手にする時間がもったいないですから」



あたし「あ。はい」




思わず敬語になってしまった。

あのクソヤロウ?





HALがこんな汚い言葉、使ったことない。

あたしはめちゃくちゃ使ってるけど。

例えば、Lがこう言ったらどうだろう。

「あのクソ野郎」

Lも絶対言わない。

それこそ「あなた誰?」って聞きたくなる。




HALも、普段敬語しか使わなくて

「言葉」を選んで使ってる。

「頭で」言葉を選んでるから

今は単に、「感情」が出たのだろうか?

感情が出たから、思わず汚い言葉が出た・・・?





でもここまで怒るHALを、見た事がなかった。

新しい一面を見た気がした。

新しい一面?

そんな優しい言葉で片付けてもいいの?






風愛友が突然口調が変わったなら

人格交代したって思うのに。

HALは、解離していない。

そのはずなんだ。

いや、もしかしたら

精神的に病んでない人なんて

この世に一人もいないのではないか?

誰だって悩み、苦しみ、過去と、自分自身と、先の見えない未来と、

性格の合わない相手と戦いながら生きている。

悩みのない人など、いない。

そんな事理屈ではわかってるつもりだけど

ずっと、HALの言葉がリフレインしていた。





「あのクソ野郎」





と。