長年、命を救う、命を扱う生業をしているが、病院は様々なものがひしめき合う場所かもしれない、と思わされる話を聞いたことがある。
話してくれたのは、看護学校から研修に来た学生さんだ。まだ初々しくてね、目に入るもの全部が珍しいらしく、院内は静かにと何度か注意もした。
そのなかの一人で、Mさんという看護学生がいた。
小児病棟で使っている人形やぬいぐるみを片付けている時に、「先生は、念とかって信じます?」とMさんが訊いてきた。どうかな、と曖昧に答えると「兄の話なんですが……」と、打ち明けられた。
Mさんのお兄さんは、大学病院で、胸部心臓外科を担当している、腕のいいドクターで、「患者のご家族にも、注意するように」と前置きして話してくれたというんだ。興味ぶかいと思い、どんな話が聞かせて欲しいと頼んだ。
以前、お兄さんが心臓の手術を成功させて、小学生の男の子が助かった。
男の子は、自分が生まれたときと同じ体重だという、熊のぬいぐるみを大事にしていた。枕元に置いたり、寝るときはそれを抱いていたり、まるで分身のようにね。
ある日、手術が成功したにもかかわらず、男の子の容態が急変した。
臓をX線撮影したところ、患部にもやもやした、繊維状の影があったので、すぐに開胸手術する運びになった。
患部からは茶色い、化学繊維みたいなものが見つかった。お兄さんがすぐ取り除いて処置し、男の子は間一髪で助かったらしい。
手術を終えて、お兄さんがナースステーションを通りかかったとき、看護師の一人が『先生、あの子のお母さん、気を付けたほうがいいですよ』って耳打ちされたそうだ。
とっくに消灯された待合室で、お母さんはぬいぐるみを「役立たず、役立たず、金食い虫が」と罵倒し、耳を引っ張っていたらしい。
退院したあと、男の子は、お父さんの実家で暮らすことになったそうだ。
私の話はこれで以上です。