あなたって、嘘がうまいのね。
寝言で、誰かはわからない名前を、愛しそうに呼んでいたわ。毎晩、同じ時間に。
甘える顔をしながら、どこか私を、いいえ、私達を通り越して「違う相手」を想っていたんでしょう?
世の中は、綿飴や、お菓子みたいに甘くはないの。
身代わりにするのはやめてね、虚しいから。
乱数くん、お姉さんはね、そこまで優しくはなれないの。
自分より一回り年上で、そこそこ金はあるという女だった。
ある意味図星なことを言われ、甘える年下男を演じきれなくなり、「やかましい」と低い声で言い返す。
けれど、女は何も言わなかった。
さっさとシャワーを浴び、着替え、化粧をして帰って行った。
もう会いに行かない、私にも守りたいものがあるからと捨て台詞まで残して。
そういえば、左手薬指に、指輪をはめていたんだった。帰れば夫のいる女、子供もいるかもしれない女。後腐れがない、割りきる女。
勝手にしろ、とひとりごちる。
バタン、とドアが閉まる。
鍵はオートロックにしているから、わざわざベッドから起き上がって施錠しにいかなくてもいい。
面倒くさいし、勝手に入られるような危なさもないから、そうしただけ。
ねえ、あの人どうしてる?ほら、髪が長くて、声が低くてきれいなお医者さん。
乱数くん、とても仲良しだったじゃない。インスタでもたくさん写真出してたでしょう?
今度紹介してよ、私、ああいうタイプ好みなんだ。いいでしょう
抱き合った後、いけしゃあしゃあと寂雷に会わせろなんて言う女もいて、しかも結構いて、むかついて仕方なかった。
つい最近まで、そう思っていた。
僕そこまで仲良しじゃないよ、あれは仕事だよ、ビジネスカップルってやつ?
なんてごまかして、裏では隠れてこそこそ互いの住まいを行き来して、外部にはもちろん、メンバーにも知られないように会って、身体も重ねて。
私の髪で、遊ばないでくれよ。
もう年なんだ、かわいいものは似合わないさ。
乱数くん、食事はちゃんとしたほうがいいよ、
歯医者にも通わないと。
ごめん、つい口うるさくなって。
君をみていると堪らない、どこか、生き急いでいるようで。
低い声で、僕が走ることを、無理することを制する寂雷。
優しい目、細い指、おだやかな体温。
髪から香る、ラベンダーの香り。
全部僕のものだった、わがままさえ言わなかったら。
全部僕が組み敷いていた、傷つけあったりしなければ。
そうだよ、僕はお姉さんを通して今でも、心の底から求めている。
憂いを秘めた声と、どこか悲観するまなざし、自分にむけられる哀れみを含む態度。
私は、君とはわかりあえないみたいだ。
頑張っても、無駄なことはあるらしい。
どうか元気で。
引き留めればよかった、なんて後悔しかない。
僕は意地っ張りだ。
あのヨコハマに住むガラが悪い3人より気位も高いし、戻ってきてなんて言えない。
本当は、どれだけ言いたいか分からない。
愛しい、そばに置きたい、閉じ込めてしまいたい。
君たちがあがめる、神のような医師は、僕のしたであられもない肢体をさらして、卑しく欲にまみれてもだえて、あえいでいるんだって自慢したい。
拡散したい。晒したい。
もう、二度とできない癖に、気持ちだけが膨らんでしまう。
半身を起こし、硝子窓にうつる自分を見る。くたびれた、切羽詰まった顔。
余裕がない双眸と、くしゃくしゃの髪。
こんな顔して、僕は女と会ってんのか?
かわいい自分だって思い込んで。
恥ずかしい、みっともない。
呼吸が苦しい。ベッドで四肢をぐっと縮めて胎児のようになり、嗚咽を漏らす。
……い。
……寂雷。
身体のつながりなんて、持たなきゃよかった。
口づけなんて、するんじゃなかった。
スマホにある写真、処分しなきゃよかった。
僕は女々しい人間だ。誰よりも。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を、シーツにおしつけた。
誰も来ないで、幻太郎も、帝統も。
スマホを機内モードにし、僕は思い出ばかりかきあつめる。
柔い髪とか、ラベンダー色をたたえる瞳とか。
汗のにおいとか声とか、優しい指とか。
もう、共有できない秘密を、すりきれるまで反芻しながら。
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RED VELVET SAYONARA