ぞわっとした話が続きましたので、和む怪しい話でもしましょうか。
以前、極東の紛争地帯で医療従事者として出向き、戦場で負傷した兵士の手当と爆撃、自分も常に隣り合わせな状況で仕事していた時の話です。
ある兵士が爆撃にあったということで、重傷を負って医療ブースに運ばれてきました。片方の手足が吹き飛ばされており、助かる見込みは皆無ではあるが、できる限りのことはしてほしいと、仲間の声を聞き入れて、応急処置を施すことにしました。
虫の息で、彼は誰かの名を呼んでいました。会いたい、恋しいとも言っていました。
きっと、愛する人を国に残して来たのだなと胸が痛くなりました。
できる限りのことを、と私も自身に命じて処置をほどこし、あとは輸液に、痛み止め等を投与して、落ち着くのを待ちました。両目も、熱風にやられたらしく、真っ赤にただれていました。
私は彼が落ち着くまで、側に付き添うことにしました。
夜更けでしょうか、ふと、戦場にそぐわない、かぐわしい香りがしてきました。
うとうとしていたので、夢だろうかと思いましたが、ブースじゅうに、野の花が咲くときに香る、甘く涼やかな香りが満ちているのです。
どこか懐かしく、また決して甘ったるくない、ほんとうにかぐわしく、またかすかな香りでした。血と消毒液のにおいしか嗅いでいなかった私には、すごく新鮮に思えました。
運ばれてきた男も、鼻をひくひくさせて「はしどいの香りだ」と言いました。
そして、すうっとゆっくり息を吸うと、またゆっくり息を吐いて、そのまま旅立ちました。
遺体を引き取りに来た仲間に話したところ、彼らの地元ではこのような言い伝えがあるそうです。
はしどいの香りがするとき、誰かが亡くなることがあると。
はしどいとは、帰国して調べたところ、ライラックのことでした。
確か、花言葉は「初恋」だったと思います。
花にも、諸説があるのだなということと、言い伝えはあながち嘘ではないなと思わされた出来事でした。
ブースには、野の花は二次感染等を引き起こすので、飾っていないのです。そこはどうぞ、ご承知ください。
私の話はこれで、終わりです。