海に出るのは波ばかり、私をたぐりよせもせず。
 おかしい話でございましょう、醜い姿をしてもなお、あたしは男をこうして、浜で待っているんですから。
 
 生まれつき、あたしはひどい癖毛でねえ、それこそ陸にあげた海藻みたいに、ごわごわ絡まっているんですよ。白髪になったらなおひどくなって、今じゃ枯れ葉や投網のほつれた糸が、知らない間に混ざるんです。
 
 あの人はねえ、おかしい人でしたよ。
 あたしが心底嫌がって、いっそ坊主にしてしまおうかと思うほど、自分の髪が大嫌いでした。いえ、若い娘時代の話です。
 
 悪ガキたちが毎日からかってきてね、お前はあの、つまみに大人達が食う「いご草」みたいだって、小枝でつついたり、はやしたてたり、それはうるさいもんでした。幼い頃はあたしも気弱で、囲まれて泣いてばかりいたんですよ。本当に、辛くてね。
 
 
 けれど、そんな悪ガキたちを片っ端から、こらしめてくれるやんちゃな子がいたんです。いっつも何が気に入らないのか、しかめっ面ばかりしていて、他の子どもよりがっちりしていてね、背は小さかったけれど、本当に頼りになりました。
 
 あたしが泣いていると、どこからかやってきて、殴るわ蹴るわ引っ掻くわの大立ち回り。自分が履いていた下駄を脱いで、鼻緒をこう、指にひっかけてね、それで悪ガキたちの頭や頬を力任せに叩くもんだから、まるで子鬼みたいでしたよ。よってたかって、意地悪すんなって顔を真っ赤にして暴れるもんだから、余計にそう見えました。
 
 
 オヤジさんと二人暮らしで、ずいぶんと苦労したみたいです。オヤジさん、どうしようもない酒乱だったから、家もめちゃくちゃでしたから。

 本当に、たくましくて強い子でしたよ。いつもあたしを守ってくれて、悪ガキたちが蜘蛛の子散らすように、走って逃げていったあとは、いつもこうして海を見に行きました。
 
 色恋がわかるようになった年頃、あの子がいちどだけ、あたしに言ってくれたんです。
 
 お前の髪が、いとしげら、と。
 
 馬鹿なあたしはこうして、守ってくれたあの子が帰ってくる時が来てもいいように、浜で待っているんですよ。
 
 兵隊さん、あんたもずいぶん小さいねえ。
 ここで生まれたのかい、そうかい、なんにもない所だけれど、生まれ育ったあたしらには、離れられないところだねえ。
 
 すっかり白髪になっちゃって、なんだい情けない、ここじゃ珍しく天気がよくて暑いぐらいだってのに、鼻水なんか流して。
 
 悪ガキ面だけは、ちっとも変わらないじゃないか。
 
 互いに年をとってしまったねえ、遅すぎたみたいだねえ。
 
 旦那はとうの昔に、亡くなったよ。東京でめかしこんでいた、成金の奥さんだったあたしより、今のあたしは身軽さ。
 
 ねえ、また言ってくれるかい?
 お前の髪が、いとしげら、って。
 
 こんなばあさんでも、忘れないでいてくれて、ありがたいよ。
 いまじゃあだ名が「いご草ばあさん」さ。
 
 やっと笑ってくれたねえ、ああよかった。
 
 お茶しかないけど、どうか一休みしていっておくれ。
 そして、土産話をたんと聞かせておくれ。
 
 悪ガキだった、はじめちゃん。