三郎の話で、思いだしたことがあるんだ。

 俺たちBBはイケブクロで便利屋みてえな事をしている。主な依頼内容は、たとえば「庭の植木をきれいにしてほしい」とか、「家族の遺品を整理したい」とか、「猫がいなくなったから一緒にさがしてくれ」とか、まあ生活感あふれた感じだ。
 まあ、依頼してくる人はそれなりに事情があるんだろう。なかには断捨離する踏ん切りがつかないから、そっちで決めて処分してくれって、丸投げされる時もある。だいたい、足の踏み場もねえ家だったりするんだ。
 
 ある日、どうしても片付けたいと一人暮らしをしている男性から、連絡があった。奥さんを亡くして、ながいこと一人だったが、ようやく再婚するめどが立ったそうだ。あ、念のため行っておくが先方には、話をする許可をもらっている。こちらは国家権力をバックにしている奴とは違って、信用第一だからな。
 
 男性は……そうだ、仮にKさんとしておこう。
 
 Kさんは、病気で亡くなった奥さんと、たいそう仲が良い夫婦だった。未だに捨てられない着物やアクセサリー、洋服、そこらへんを片付けて、再婚相手と暮らすのにこぎれいにしたかったそうだ。まあ、気持ちはわからねえでもないけどな。
 そういうわけで、二郎と三郎を連れて片付けに行った。野郎の一人暮らしにしてはきれいだったから、こっちとしても仕事がしやすかったな。着物やアクセサリーは用途別、色別にわかれていて、それらをこっちが引き取ってリサイクルショップに出したり、ものがよくない奴は仕方ないが、廃棄処分にする。
 てきぱきと兄弟ではじめて、Kさんも手際よく動いてくれたおかげで、奥さんの遺品整理はうまくいった。
 
 ただ、ひとつだけ「これは残してほしい」と、Kさんが処分を断るものがあった。そいつは、とっくに穴が開いちまって、使いモンにならない、ケトルだった。
 赤いケトルで、黒いプラスチックの取っ手がついていたんだ。穴が開いているんだから使えませんよ、と三郎が言ったんだが、Kさんは「これだけは、二人が一緒に暮らす時に買ったものだから」と手放さなかった。
 まあ、こっちが無理矢理奪い取るなんてこともできねえから、ああそうですかってことで、せめて磨きますよと手にとって、掃除用クロスにクレンザーをつけて、磨いてやろうと思ったんだ。
 
 ケトルは、両脇に穴が開いていた。そこから水漏れするなあと、行儀悪いがあぐらをかいて、力を入れて磨こうとした。
 
 穴から、にゅうっと、人間の腕が生えてきた。
 
 ううわっ!と兄弟全員で、飛び退いた。なあ?見たよな?
(見た見た、と二郎と三郎がうなずく)
 
 慌てる俺たちを見て、Kさんは「だから、置いておくんです」と嬉しそうに言った。
 
 聞いてみれば、二人で暮らすようになっておよそ30年、奥さんは毎朝、そのケトルを使ってお湯をわかして、コーヒーをいれてくれたそうだ。病気になって、入院するまで、毎朝。
 亡くなった日、ケトルがカタカタ、カタカタと揺れて、両脇からにゅっと、腕が飛び出してきたらしい。
 Kさんには、その腕がすぐに「奥さんの腕」だとわかった。
 二人がお金を出しあって買った結婚指輪と、誕生日に夫婦で台湾にいったとき、夜店で買った翡翠の腕輪をしていたからだそうだ。
 
 再婚するときも、相談して、ちゃんと許してくれたんだよ。
 Kさんは嬉しそうに、そう語ってくれた。
 
 ケトルと夫婦の話でした、掃除のご依頼は、いつでもどうぞ。