左馬刻と銃兎にも話したのだが、どうやら小官は日本でいうところの「もののけ」に食われそうになったらしき、話をしよう。
小官がいつも通りにテントで眠っていると、周囲を歩いているらしき、足音が聞こえてきた。誰かが迷いこんだか、もしくはモノトリかと警戒し、銃を手にしようとしたが、身体が言うことを聞かない。
指先ひとつ、動かせない。
後日、左馬刻に聞いたが、金縛りというものだと知った。
かろうじて眼球は動くので、ゆっくりと小官が寝ている周りを見渡した。
うまそうだ、うまそうだ。
そう言いながら、テントを捲って、侵入する、黒い影があった。
うまそうだ、うまそうだ。
ざざざ、ざざざ。
うまそうだ、うまそうだ。
ざざざ、ざざざ。
周囲を世話しなくうごきまわり、時折ぺちゃぺちゃと舌なめずりする音も混ざり、さすがの小官も背筋が寒くなった。
補食されるという、危機感が全身に満ちていた。
うまそうだ、うまそうだ。
生臭く腐敗した、そいつの吐息がぶわっと、小官の頬にかかった。
深い皺が刻まれた、老婆の顔に、たくさんの足が生えている化け物が、にやにやと赤い口を開けて、嗤っていた。
小官も軍人のはしくれ、なにもやり返せず、喰われてはたまらない。
眠りを妨げられ、バカにされたように頬に息を吐かれ、恐ろしさよりも怒りがわいてきた。
ふざけるな、と思いながら小官はある行動に出た。
卑しい醜い相手をにらみ、強張った唇を必死に動かした。
そして、顔に向けて唾を吐いてやった。
唾は老婆の眼にかかり、甲高い叫び声を発した。
あまりにも強烈な臭気に、目の前がふっと、暗くなった。
再び目が覚めると、朝になっていた。
起き上がると、枕元に見慣れた蜘蛛の死骸が転がっていた。
そいつを見て、小官は「ああ、これか」とはっとした。
左馬刻と銃兎には食わせたことがあった、と思い出したからだ。
積み荷に紛れ、ヨコハマに入り込んでくる、タランチュラの死骸だった。
ヒプノシスマイクも小官も無事であるからして、ここにいる。
化け物の話はこれでthe end。