パパは私が生まれたとき、女の子か、ざんねんだなと言いました。
ママは私が生まれたとき、女の子で、ごめんなさいと謝りました。
パパもママも本当は、男の子が欲しかったのです。
私は歩けるようになると、学校に行く友達を見ながら、畑をたがやし、種をまいて、泥だらけになって働きました。学校なんか、お前が行くだけむだになると、パパもママも行かせてくれませんでした。隣にすんでいる女の子が、こっそりと私に本やノートを見せてくれて、字を教えてくれました。
けれど、パパとママに知られて「生意気だ」と怒られました。
私は友達と話すことも、歌うこともやめさせられました。
しばらくして、弟が生まれました。パパとママは弟をかわいがり、いちにちじゅう、そばにいました。家のことも、畑をたがやすことも、ぜんぶ私ひとりでやりました。遅くなると、ママにたたかれて、パパにけられました。
お前は動くことしか、使えるところがないんだから、もっと早くやれ。年頃になったら、ちゃんとお金を稼ぐんだよ。
そんなことを、ママが言っていました。いったい、年頃になったらなにをさせられるのだろうと、心がざわざわと、ゆれうごきました。
字もわからない、家のこと、畑のこと、そしてほんの少しの子守りしかできない私には、逃げるところも出て行くあてもありません。すっかりあきらめて、家と畑のことをやり、うれしそうに学校へいく友達が、まるで自分とは別の世界に住んでいるような、そんな寂しさを感じました。
胸がだんだんとふくらみ、ママと同じような体つきになると、パパが「そろそろいいだろう」と、見たことのないおじさんを連れてきました。
おじさんは、パパよりももっと、お金持ちに見えました。
にこにこ笑って、おじさんは「こんにちは」と私にあいさつすると、大きなかさかさした手で、やさしくあたまをなでてくれました。いつもは、パパから痛いげんこつしか受けていなかったので、じんわりとあたたかくなりました。
「とてもかしこそうなお嬢さんだ、きっと良い子になりますよ」
おじさんは、にこにこして、キラキラとした派手なズボンから、お金をたくさん出すと、パパに渡しました。ママは「よかったねえ、これでやっと、この子を学校に行かせられるよ」と、弟を抱きながら言いました。
隣にすんでいる女の子も、ある日、きらきらした服を着た男の人に、車に乗せられ連れて行かれ、戻ってきませんでした。ほどなくして、ぼろぼろだった家がきれいになりました。
あの子は、まだ戻ってこないのです。どこにいるのかもわからないし、女の子のパパとママに「どこへ行ったの?」と訊いたら、石を投げられ、追い払われました。
あんただって、あの子と同じところへいくんだよ。
どうせここにいたって、役には立たないんだから。
金にしたほうがましだ、産んで育ててやった恩返しだよ。
そんなかんじのことを、あの子のパパとママは言っていました。
ママだけが、赤い目をして泣いていました。
私にも、お金にかえられてしまう時が来たようです。
どうせ、家にいても、なにも変わりません。パパとママは、弟のパパとママではあるけれど、私のパパとママには、なってくれないでしょう。
おじさんと、一緒に行こう。おいしいお菓子もごちそうも、きれいなお洋服もたくさんあるんだ。おもちゃも絵本も、全部あるんだよ。
パパとママを背にして、私はおじさんに「はい」と答えました。
そして、おじさんが乗ってきた、大きくて赤い車に乗りました。
朝早くから、畑をたがやしたり、弟のおむつを取り替えたり、洗濯をしたりと忙しかったので、私は車に乗ると、すぐに眠くなってしまいました。
なんとまあ、やせたみすぼらしい子、喰うところがほとんどないぞ?
かわいそうに、泥だらけの足をして、手の指も、まめがつぶれて痛々しい。顔などいつ洗ったのか、垢がこびりついておる。
髪など日の光にさらされ、櫛も通されていないせいで、まるでとうもろしのひげみたいに、きしんでおる。
よく眠っているのう、起こすな起こすな、このまま寝かせておけばよい。
きっと車の中があたたかくて、やわらかいものだから、寝入ってしまったんだろうよ。よく見ると、かわいい寝顔ではないか。
産みの親がいらないと言うなら、あたしがもらおうじゃないか。
菓子ばかり食べ、気に入らないと泣き叫び、減らず口をたたく生意気な子どもより、きっと役にたつだろう。
磨いて服を着せ替えりゃ、少しはましになるやもしれん。
今のこの子じゃ、喰うところとなればせいぜい脳みそしかあるまい。
ぐうぐう鳴る胃袋に、そんなかけらじゃたしにもならんわ。かえって腹が減るだけよ。
お迎えごくろうだったね、この子が起きたらどうか、風呂をわかして入れておやり。
あたしがこないだ作った、香草の入っている、大きな石けんがあるだろう。
あれで丁寧に、きれいに洗ってやるんだよ。けちっちゃいけないよ。あたしにはわかるからね、嘘はつくんじゃないよ。
とにかく、この子はしばらく、あたしのところで働かせるよ。
喰うか喰わないかは、それから決めるさ。
裏の檻に、子どもを親父を舟に乗せて、沈めた母親がいるだろう。金にしか目がない、しょうもない男にはまって、旦那と子どもがじゃまだと、言いなりになったあの女だ。今夜はそいつを腹の足しにしよう。しつこいようだけど、この子は寝かせておやり。じゅうぶん休ませ、飯も食わせて、学ばせないといけないからね。
おやすみ、お嬢ちゃん。よい夢をみるんだよ。まじないをかけてあげようね。
お母様、お母様ったら、まあこんなに水晶の涙を流して、身体がやつれてしまいますわ。
いくら名のある、まじないに長けた竜といえども、お母様はもうお若くないんですよ?人間に化けるために、若い頃なら一瞬、今は一昼夜かかるんですからね。
怒らないでください、私の婚礼に出て下さること、とても嬉しいんですよ。
だって、生まれた家では、名前さえなかったんです。これとか、あれとか言われて叩かれて、蹴られて、ぶたれて、安らげる時間はもちろん、読み書きなど習う時間だって、もらえなかった。
私を連れて行ったおじさんは、お母様の使いをしていた、ムカデのおじさんだったのね。いつもは大きくて、長くて、足がいっぱい生えてこわいけれど、優しくてひょうきんで、とっても面白いおじさんだから、すぐに仲良くなったわ。
チョウチョの先生はお勉強に厳しい先生だったけれど、休み時間は、いろんなことを教えてくれた。女の子だって勉強しなくちゃいけないこと、だまされないように気を付ける方法、素敵な恋のしかたに、好きな人を必ず手に入れる方法も。
お母様、チョウチョ先生は、それはそれはきれいな先生だったんですって。お誘いもたくさんいただいて、そのたびに行くか断るか、どうやって断るかも大変だったと聞いたわ。
お母様、もう泣かないで。
お母様は私にとって、いちばん大好きなお母様よ。人間の血や肉が必要だから、ムカデのおじさんに子どもをさらうように頼んで、毎日ひとりずつ食べていたことも。
でも、私は食べなかった。やせていたものね。
気に入られるように、必死に勉強して、お母様のお世話もしたわ。
そうそう、お母様が口から火をおこしてくれて、クッキーやパイを焼いて、お茶の時間にいただいたわね。上出来だって、お母様ったらほとんど食べちゃって、あとでお腹をこわしたじゃない?
お料理だって、お母様が子どもを食べないように、野菜をきちんと食べるように、チョウチョの先生が教えてくれたの。胃袋をつかめばたいてい、うまくいくんですって。先生は、なんでもご存じなのよ。
もう、お母様泣かないで、こんなに水晶の涙があふれたら、お母様がやせ細って、消えてなくなってしまうわ。
彼もすごく、私の作った料理がおいしいってほめてくれるの。チョウチョ先生は「太客だよあれは、化けるからはなしちゃだめよ」って応援してくれたわ。
チョウチョ先生って、こちらに来る前、いったいどこでお仕事されていたのかしらね?
お母様、そろそろ時間です。人間に化けてください。
初めてお会いしたときと、なにも変わりません。お母様は、優しくて、赤いドレスがよく似合います。夜会巻きにした銀色の髪も、キラキラとひかって、とてもきれいです。
どうか、祝福して下さいね。
寂しくなったら、ムカデのおじさんをよこしてください。
私、いつでも会いに来ますから。
お化粧が崩れるから、どうかもう泣かないで下さい。
私だって、泣くのをがまんしているんですよ?
優しくて、おおらかで、あたたかいお母様。
私のお母様は、竜のお母様、あなただけです。
さあ、参りましょう。靴をはいてください。
彼も待っているんです、竜のお母様に会えると、楽しみにしているんですよ。
お母様、ちゃんと手をつないでくださいね。
大丈夫です。
きっと、私は、幸せになります。
お母様が、私にしてくれたように。