ベトナム・ホーチミン(旧名:サイゴン)の中心街で、心温まるベトナム家庭料理を提供する大人気レストランがある。そのレストランの名前は“Huong Lai(フーンライ)”。Huong Laiには、毎日多くのお客様が訪れており、夜はほとんど満席状態である。また、リピーターも多いと聞く。しかも、Huong Laiはただのレストランでない。“トレーニング・レストラン”というコンセプトの下、スタッフは孤児院、ストリート・チルドレン、貧困家庭の出身のベトナム人であり、そのサービスの質は驚くほどに素晴らしい。そんなレストランの立ち上げまでの道のりや、レストラン、そしてベトナムへの想いをオーナーである白井尋(Shirai Jin)氏に伺った。
【ベトナム進出編】
未知の世界で、未知の自分を引き出したかった。
新田:白井さんは1997年にベトナムに渡り、以来約18年間ベトナムで生活されているわけですが、先ずは海外に渡る決意をしたきっかけを教えてください。
白井氏:海外には元々興味があり、高校生の時にはアメリカにホームステイ、大学4年生の時にはバックパッカーとして10数カ国を旅しました。その経験から、未知なる世界に身を置くことで、未知なる自分を引き出してみたいと思いました。しかし、卒業後は日本で就職。それでも、海外の憧れを捨てきれず、日本で働く外国人を見て、羨ましい、楽しそう、自分もやってみたいと思い、ベトナムに来ることを決意しました。
新田:なぜ、ベトナムのホーチミンだったのでしょうか?
白井氏:ベトナムには行ったことがなかったけど、図書館でベトナムに関する資料や本を読んで、興味を持ち始めました。国を選ぶ上で、「語学」「異文化」「人生修行」という3つの軸がありましたが、特に「人生修行」という点でベトナムは、人間臭さがあり、その環境下に身を置くことで、揉まれてみたいと思うようになりました。そして、最終的には「響き」で決めました。「サイゴン」という響きで。
新田:ベトナムに来て、はじめの頃は何をされていたのですか?
白井氏:半年間は大学傘下の語学学校でのベトナム語の勉強です。なぜなら、語学勉強はベトナムに来る上での1つのテーマでしたから。当時は現在と教育レベルが違うため、日本語はもちろん英語も話せる人が少なく、ベトナム語は生活する上で必要でしたが、それが理由で勉強したわけではなく、あくまでベトナム文化や人間社会にどっぷり浸かるためです。昼間は学校で勉強、午後は日替わりで日本語学科の学生とエクスチェンジ、半年後にはベトナム語で喧嘩できるまでに上達しました。(笑)
新田:仰る通り、ベトナムという国を深く理解するためには、ベトナム人との接点を多くすること、そのためにはベトナム語を学習することは重要ですよね。私も白井さんのように流暢まではいかなくても、ベトナム語を話せるようにベトナム語学習のプライオリティを高めたいと思います。
白井氏:勉強しないのは本当にもったいないと思います。日本人の大半がベトナムに来るきっかけは仕事だと思いますが、仕事は人生のごく一部でしかなく、人間としての視野、人生の中での1ページや引き出しを増やす絶好の機会。折角、目の前にチャンスがあるのに、それを否定的に捉えたり、蓋をしてしまったりすることは、非常にもったいないと思います。それは仕事人としてではなく、人として。また、ベトナム文化を学ぶことで、職場のベトナム人スタッフにも尊敬の念を抱くようになったり、親近感を持てるようになったりします。そして、それが結果的に、仕事もうまくいきやすくなる要因だと思います。例えば、何か問題が発生した場合に、文化やベトナム人への理解が深ければ、解決の方法が変わってきて、効果的な問題解決に繋がります。だから、ベトナム語を勉強することは良いことだらけ。確かに最初の2~3ヶ月はつらいと思いますが、片言でも話せるようになると楽しくなりますし、ベトナム人もベトナム語を外国人が少しでも話してくれると、とても喜びますし、距離が縮まりますよね。
新田から読者へ一言:ベトナムで暮らしたことがない方は分からないと思いますが、ベトナム語は非常に難しいです。声調が6つあるので、特に発音が難しくて、同じスペルでも発音によって意味が変わります。発音で挫折する方が多いです、私も含め。(笑)
【レストラン編】
“トレーニング・レストラン”という手段で、ベトナムへの恩返しをしたい。
新田:2001年にオープンされたトレーニング・レストラン“Huong Lai”は、どういった経緯ではじめられたのでしょうか?
白井氏:先ずは、ベトナムに成長させてもらい、感謝の念があったので、何かしらの形でベトナムに恩返しをしていきたいと思うようになりました。はじめはボランティア、そして孤児院の訪問。そこで出会った若者たちに感化され、この子たちを生かすことができる場を作りたいと強く思いました。なぜなら、彼らには能力があるのに、それを生かす場がなかったからです。そして、彼らと共に自分自身も一緒に成長していきたい、食が好きという2つの視点からレストランという答えにたどり着きました。その頃には、徐々にベトナムに注目が集まるようになり、ベトナムに来る方にベトナムのことをもっと知ってもらいたいという想いがあり、ベトナム家庭料理という形をとりました。
新田:孤児院やストレート・チルドレン、貧困家庭の出身の方をスタッフとして雇うときに、何を基準に採用しているのでしょうか?
白井氏:Huong Laiで雇う必要性があるかどうかを面接で判断します。他のところでも雇えるレベルの子は雇いません。あとは、サービスや英語に興味がある子ですね。
新田:採用後、一人前のスタッフにするための教育を、誰が何をどのようにされているのでしょうか?
白井氏:教育は全て私がやっています。一番はじめは、お店に立たせてお客様を理解させることからはじめます。要は、お客様を観察して、服装や外見などから、欧米人なのかアジア人なのか、サラリーマンなのか観光客なのか、そして、どういう目的で来店され、どうやって時間を使い、お客様にとって何が大切なのか、先ずはそういったことを理解させます。なぜなら、それが理解できないと、良いサービスは提供できないからです。その後は、挨拶やお手洗いのご案内、会計伝票を持っていくこと、その次はお皿をさげること、その次はドリンクやデザートサービス、その次はフードサービス、その次はオーダー、というように10以上の段階を踏んで教育しています。この過程で重要なことは、余計な仕事はさせないということです。教えたことしかやらせません。なぜなら、教えていないことをやっても良いサービスは提供できないですからね。その代わり、教えたことはしっかりやること、これを徹底しています。
新田:一方、お客様の大半は外国人の方だと思いますが、語学はどうやって教育されているのでしょうか?
白井氏:段階を踏んで、必要な言葉を少しずつ覚えさせていきます。また、その過程でスタッフがイングリッシュスクールに通いたい場合は、通わせます。常に3~6人ぐらいは何かしらの学校に行っています。
(ここで、同席していた私の妻から白井さんへ突然の質問)
新田の妻:それは白井さんがお金を出しているのですか?
白井氏:そうです。それはなぜかというと、機会を与えれば能力が開花することがあるからです。機会がなければ逆に可能性がゼロですよね。
新田:素晴らしいですね。そういうお考えをお持ちの方でも、なかなかできないことではないかと思います。ところで、私も仕事で主にベトナム人向けの研修を行っていますが、日系企業の多くは教育に苦労しています。なぜなら、彼らの価値観や文化を理解しきれていない状態で、指導を行なっているところにあるからだと思いますが、それについてはどう思われますか?
白井氏:全くその通り。最近では、ベトナム人が日本人や日系企業の文化に近づけるための研修が多いですよね。それなのに、なぜ日本人向けにベトナムを理解させる研修が少ないのか。どちらかがどちらかだけに合わせるというのは現実的にどこかで無理が生じてしまうのではと思います。
新田:心が痛いです。(笑)ちょっと脱線しますが、ベトナム人は給与が安いからという理由で、ちょっとでも高い会社に転職するというお話をよく耳にしますが、それは事実かもしれないけど、真実ではないと個人的には思っています。彼らに対して給与が安いと思わせている精神的な要因は何なのか?の方が重要だと思います。
白井氏:日本企業の典型である、ルールやシステム優先の管理の仕方では、ルールよりも感情や都合で動くことに慣れている自由度の高いベトナム人にとっては、難しい環境かと思います。しかし一方でそういった環境と仕事のシステムを創り出すことで、日本は短期間に経済発展を遂げたこともまた事実です。
新田:型にはめて仕事をさせるスタイルというのは、日本人も悪気があってやっているわけではないと思います。やはり日本ではそういうスタイルで長年やってきているので、染み付いてしまっているし。なにより、本社からの結果に対するプレッシャーがあると思います。だから、現実的には難しいと思いますが、ベトナム進出前に全社でベトナムの文化や歴史を理解し、どんな社会的貢献ができるのかをしっかり検討した上で、進出すべき。
白井氏:全くその通り。駐在員の方に対して、こういう結果を求めているから、あなたの役割はこれです、と伝えるだけで、現地人との仕事のやり方まではケアしていないケースが多い。それで、いきなりベトナムに来てすぐ仕事が始まる。これでは、アップアップでベトナムのことを理解する時間なんてあるわけありません。だから、仮に私がもし本社の人間で決裁権があるならば、できるなら3ヶ月~6ヶ月間、それが難しければ7~10日間は、仕事は一切させず、ベトナムのことを勉強させたり、ベトナム人の友達をいっぱい作らせたりすることに専念させたいですね。そうすることで、仕事に入った時に必ずパフォーマンスは上がる。なぜなら、その頃にはベトナムを好きになっていて、ベトナム人との仕事のやり方が変わってくるから。一見、遠回りに思えるかもしれないが、中長期的に見れば必ずパフォーマンスは上がります。また、駐在員だけではなく、その奥様も同様。入口をしっかり押さえなければ、結局ベトナムが嫌になってしまい、生活が変わり、狭いコミュニティの中だけで完結してしまいます。
新田:今のお話を聞いて、ハッとしました。私もその他大勢と一緒で、入口をしっかり押さえていない状態で、仕事に入ってしまったからです。ところで、かなり脱線してしまいましたが、白井さんほどベトナムやベトナム人を理解していても、教育は非常に大変で苦労されたことも多々あるかもしれませんが、反対にどういった時に喜びを感じるのでしょうか?
白井氏:やはり、成長したスタッフが良いサービスをお客様に提供し、お客様からスタッフに感謝の気持ちが伝わる時です。お客様の“良知”が響いて、スタッフの“良知”が響き合って、そして自分の“良知”も響き合う瞬間が非常に嬉しいですね。
【今後の展望】
人生、“成るようにしか成らない”
新田:最後に、個人的に今後やっていきたいことを教えてください。
白井氏:2つあります。1つは教育関係のプロジェクトをやっていきたいと考えています。対象は今のところ特に決めていませんが、人として必要な学びを提供する場を設けたいと思っています。もう1つは、凄いできの良い卒業生がいて、独立したいと言っているので、何か一緒にやりたいなと思っています。
新田から読者へ一言:白井さんは個人で、毎月1回「サイゴン日新塾」という、歴史上の先輩方から学びを抽出する勉強会を行っております。人間は欲深い生き物なので、その欲を削ぎ落とし、間違った道に進まないように、という私は私なりの目的のため、塾生として毎回様々な学びを得ております。もし、「サイゴン日新塾」にご興味のある方は、コメントやお問い合わせ等でお知らせ頂ければと思います。
新田:最後に一言メッセージをお願いします。
白井氏:人生、“成るようにしか成らない”。一見、消極的な言葉に聞こえるかもしれませんが、私にとっては凄く積極的な言葉です。Huong Laiでは、家庭で道徳や善悪を教えられる機会がなく育ったスタッフの子供達の様々な問題やベトナムという国ならではの苦労に頭を抱えることが多くありました。でも結局のところ環境や相手ではなく全ては自分次第。自分が色をつけずに、相手の立場で理解をして、それを甘受し、寛恕できるか。だからこそ常に学び続け、自分をしっかり整えていなければなりません。自分が然るべき状態で居ようとすれば多くの物事は結果的に“成るべく様に成る“と思います。だからこそ、日頃から”成るようにしか成らない“という平常心を持って、どんな事からも学ばせてもらうという謙虚な気持ちをもつことが大事だと思っています。どんなことが起きても全ては自分次第で、あらゆること物事を”肯定“できるようにと心がけています。
【インタビューを終えて、新田から一言】
白井さんと出会って約1年ですが、心穏やかで聞き上手で、そして教育に対する熱い想いを持った白井さんからは、毎回学ぶことが多くて、今回のインタビューの中でも様々な学びがありました。また、今回のブログ開始に伴い、ブログの主旨をお伝えし、記念すべき第1回目のインタビューのご依頼を快くお受けくださった白井さんに、改めて当ブログを通じて、心より御礼を申し上げたいと思います。そして、白井さんが経営されている“Huong Lai”では、絶品のベトナム家庭料理を、落ち着いた雰囲気の中、お楽しみいただけます。また、スタッフさんの最高のサービスにより、美味しさがより一層引き立っておりますので、是非一度訪れてみてください。尚、訪れる際は人気店のため、ご予約をオススメいたします。
“Huong Lai”の詳細:http://www.huonglai2001saigon.com/#_=_


