治療のまとめ2013年7月から2013年12月です。
その前に前回
6月の診察の時「手術」を勧められていました。
乳房全摘出とリンパ廓清、再建不可
できれば、術前化学療法にFECとアバスチン+パクリ、術後に放射線
という提案でした。
一時はその提案に期待したのですが、なぜかその話は頓挫してしまい、うやむやになります。
こちらからも質問する気が失せてゆきます。
7月
頭皮腫瘤のため皮膚科を受診。
見たところ、皮膚科の領域ではないが切除しないと分からないと言われる
しばらく経過観察を希望する
乳腺では、「頭皮の腫瘤は皮膚科領域ではない」と言われたことを伝えたが、「皮膚科の先生の指示に従って」と言われる
8月
左腕の浮腫悪化のため、予約外で乳腺外科を受診
専門のクリニックに行くため、診療情報提供書(紹介状)を作成してもらいたかっただけなのだが、「行っても無駄。それよりがんの治療を優先しなさい」と言われ、ここでは経口抗がん剤「TS-1」を勧められる
手術を勧められた話と、術前の抗がん剤について質問したところ(医師は別の医師です)
「それは選択肢のひとつです。ただそういう選択もあるという話をしただけだと思いますよ」とあっさり言われる
腕の浮腫に抗生剤を処方される
腫瘍マーカーも上がっているのでホルモン剤だけでもフェマーラに変更するよう提案される
このときは予約外の診察なので、次の週の定期診療のときに変更する旨を伝える
このときたまたま会話の中から「縦隔リンパ」に転移があることを初めて知らされる
後日
抗ホルモン剤はフェマーラに変更となる。
セカンドオピニオンを受けたい旨を伝え、3つの病院の資料を渡し書類作成をお願いする
9月
ふたつの病院でセカンドオピニオンを受ける
質問内容
①今後の治療法
②局所療法の可能性について
A病院
①あくまでもガイドラインに沿った治療
②手術を勧める。皮膚転移が悪化した時のことを考え、全身状態が良いうちにやったほうがいい。 放射線は取りきれないから勧めない。
B病院
①ガイドラインは軽く無視。軽い抗がん剤から始める。
②手術は勧めない。放射線なら可
今やっても手術をすることで生存期間は伸びない。ただし皮膚転移が悪化したら切ったほうがいい。
その後乳腺外科で頭皮の腫瘤が多発したことを伝える
医師は「切ってみないとわからない」と言うので、「私は乳がんだと思います」と言ってみる
皮膚科で腫瘤切除
多発した腫瘤の数は3つだが一つを取って、検査へ
乳がんの遠隔皮膚転移と確定
がんと分かったため皮膚科受診は終了
皮膚科の医師に、乳腺の医師へ、今回の結果と今後の治療について考慮していただきたい旨、伝えてもらうようお願いをする
10月
乳腺では頭皮への転移については何も言われないので放置となる
腫瘍マーカー下降し始める
フェマーラの副作用か、体調不良続く
脳外科、耳鼻咽喉科、眼科の各クリニックを受診する
→特に何もない
11月
乳腺では特に何もない
脊椎圧迫骨折の経過観察のため整形外科を受診
→変化なし
12月
腫瘍マーカー下降
この半年間は少々混沌としています。
腫瘍マーカーが上がってきたのに、すぐに薬を変更しなかった理由は
9月まではどうしても、抗がん剤の副作用で体調が悪くなるのを避けたいという希望があったのですが、それとは別の理由として、乳腺の医師には間違いが多く、化学療法のような強襲的な治療には消極的にならざるを得なかったからです。
化学療法は副作用がキツイし、薬剤変更を先延ばしにして時間を稼ぎたいとか、思うことは色々ありましたが、薬剤変更を避けていた一番の理由は「医師に間違いが多いから」なのでした。
9月のセカンドオピニオンのふたつの病院は転院することは目的としておらず、純粋に意見を聞きに行っただけです。
見事に両極端な意見となっていますが、意見が分かれるであろうことと、A病院での医師の見解はほぼ想定内でした。
でも、意見が聞けましたので、行って良かったです。
セカオピは3つの病院をお願いしたと書きましたが、その3つめが4月から治療を受ける鹿児島の病院です。
面談が今年の2月になってしまったのは、ずっと返事待ちだったというのもあるのですが、その間に私自身が薬の効き目を観察していて、腫瘍マーカーが下降したタイミングで放射線治療ができればと思っていたからです。
治療を3月から始めると、病院の都合で治療自体が中途半端になってしまうため、4月からになりました。
ここまでで、病院での治療提案はとても場当たり的で、どう理解してよいのか分からず困惑することも多かったです。
しかし、進行してしまったがん治療において、この対応はとても現実的なのだとも思いました。
そんな現実的な診療姿勢が、その後の私に新たな行動を促したとも言えるため、責める気は全く無いです。
あと一回だけつづきます…