あの日、都内の会社から家に帰ることができず、会社に泊まらざるをえなくなった。
沢山の人が帰宅難民になった。
会社を出たのは翌日の朝6時頃。
色々あって、家に辿り着くまで6時間かかった。
あの時は大変だったなって思うけど、疲労と睡魔で、感覚がマヒしていたとも思う。
愚痴るわけでもなく、なげやりになるわけでもなく、
ただただ家に帰り着くことだけを考えていた。
地震翌日のその日は、やたら天気の良い日で、空が明るくて、まぶしくて。
駅から家への道を歩きながら、「今日が土曜日でよかった」とか、
そんなどうでもいいことで安心していた。
地震の真実を知るのは、その数時間後。
自分を取り巻いていた状況など、大したことでは無く、
東北で大変なことが起きているということを知った。
後日、しばらくの間電気を節電するよう、会社に通達が出た。
昼間は、カーテンをすべて開けて、電気をつけずに仕事をした。
当時勤めていた会社は東銀座にあり、
帰りに歩いていた夜の銀座の街は、暗く、静かになった。
イルミネーションが嫌いな私にはちょうど良かったよ。
デパートやお店は早々に閉店し、みんなさっさと家に帰った。
その頃は仕事での悩み事も多く、疲れて帰るとき、明るくて楽しそうな銀座の街が大嫌いになっていたけど、
暗く静かな歩道を歩いていたら、ちょっとだけ、嫌いな気持ちが薄れました。
その年の夏、蝉の声をきかなかった。
すくなくともうちの庭には蝉がいなかった。
いつの夏も、めちゃくちゃうるさいのに。
庭の木に蝉のぬけがらを発見しては、
きもちわる!
って毎年思っていたのに、それも無かった。
もしかしたら、自分の記憶がおかしいのかもしれない。
きっとどこかでは、鳴いていたんだと思います。
でも、あの年の夏、
「蝉が鳴いてない」
って、声に出した自分のことを、今でもはっきり覚えています。
被災された方々
おひとりおひとりの『思い望むこと』が、どうか実を結びますように。
災害で人の命が奪われることの無い未来を心から願います。
