2月とは思えない暖かい陽気の日に父の納骨が行われた
納骨といっても、墓に納められるわけではない
先月、四十九日の日に合祀になると、兄に言われた
墓があっても、後を継ぐ子孫がいないからだそうだ
合祀とは、赤の他人の人達と遺骨を混ぜられてまとめて葬られることらしい
合葬は骨壺を個別にして埋葬だから、その方がいいけど、合祀の方が費用が安いからだって
「生きている方の生活が大事だからな」
そうつぶやく兄にはどこか悲壮感が漂っていた
子供の頃は死んだら誰でも墓に葬られると思っていた
大人になったらたとえ独身でも子供がいなくても、一族の墓に葬られると思っていた
それに10年ぐらい前に実家の近所に親が自分達用の墓を購入したと聞いたので、そこに墓参りに行くようになるんだなと思っていた
でも蓋を開けたら合祀だった
今は合祀の人は多いみたいで、父の他にも合祀されるまでの骨壺の安置所のような場所には、たくさんの写真があった
出席者は控室で待機して、時間になると呼ばれ、合祀の場所に集まる
僧侶が短いお経を唱えた後に、合祀の扉というか蓋を開けられて、そこに父の遺骨はサラサラと滑り込むように流れていった
その近くに小さな墓標というか、西洋の墓標のような、横型の表札のような石があり、そこに父の氏名が刻まれていて、その下にそう遠くない時期に入るだろう母の名前も薄く刻んであった
骨壺は希望すれば引き取れたけど、母は即拒否、寺院側で処分してくれる事になった
合祀は10分程であっけなく終了
合祀は葬儀や四十九日と違い、近親者のみの出席だった
母・兄夫婦・私・近所に住む母の妹親子の合計6人だけ
2月とは思えない暖かな陽気の日だったのがせめてもの慰めというか
雨の寒い日よりは、晴れやかな日で一連の式を締めくくれたのはよかった
その後私以外の5人で近所で食事
私も誘われたけど、5人と同席したくないから断って、駅まで1時間弱の道のりを徒歩で向かった
次回父に関する式が何かあるかわからない
新盆とか一周忌とかもしかしたらするかもしれないけど、たぶんしなさそう
駅まで歩く中、たくさんの車が通り過ぎていく
この道を父も数十年の間、時々車で走っていた
最後に走ってから約10年後にこの世を去るのだとは知らずに
次はそう遠くない将来に母を見送りにこの道を通ると思う
絶家への道を
↑今月の雪の日、相模原にて。納骨の日は晴天でした
