「幸せ」な人に私の真の暗闇の部分を理解できるのでしょうか。
この場合の「幸せ」の定義は「私より幸せ、恵まれている」ぐらいのレベルです。
私、主治医と話す時にいつも念頭にこんな考えがあります。
それは私が主治医のプライベートな部分を知りすぎたって所もあるのですが、
どうしても主治医と自分の置かれている立場を比較してしまいます。
かと言って別に主治医の不幸を願ってる訳じゃありませんよ?(笑)
ただ…主治医と話しててイライラして泣いて「先生には解らないよ!」 って何度も吐き捨てた事があります。
いくら聞き役のプロでも。
いくらその時は同情してくれても。
いくら私の事を刹那的に理解してる風でも。
…また次の日には何十人という患者の話を聞いて。
入院患者さんを診て、論文だって書いて。
…そんな事考えてると、お金払ってでしか自分の悩みを言える人が居ない事実に吐き気がする。
命の価値って皆同じなの?
医者が死んだら社会的損失で
私が死んだらエコな気がするけど?
信じられる人なんて居ない。
親兄弟ですら良く解らない。
旦那も所詮他人なので更に意味不明。
だから主治医に話聞いて貰う。
まぁまぁ的確なアドバイスと
魔法な薬貰えるし。
でもなんか虚しい。
そんな主治医は幸せな生活送ってるの想像すると虚無感でいっぱいになる。
そして、そんな人に私が理解出来る訳ないだろー的思考にまた辿り着く(笑)
結論。
私が未だ主治医との距離の取り方が不安定だって事だよね。
治療者とも上手くやれないなんて、本当ボーダーって嫌。
向こうも嫌だと思うけどさ(笑)
はぁ。落ちてると要らぬ考えばかり浮かんで来ます…
