もう30代になってからのこと、
母と祖母と私で車でスーパーに買い物に出かけていた。
そのとき、私は母に愛されてないと思っていて、
なんで大切にしてくれないのよと、
20代のころから引きずっていた思いをまだ
そのときも思っていた、、。
だからそのときはズバリ母に
「私を育てるときには、あまり話をしなかったでしょう」
と言ったのです。
そしたらそれに反応したのは祖母でした。
祖母は、母と叔母と叔父を育てる時に、
戦後の高度成長の中での忙しさがあって、
十分に子供たちと話ができなかった。
と言ったのです。
「おばあちゃんが、子供を育てたときには、
そりゃ忙しくって、
何がなんだかわからないってぐらいだったから、
子供を育てるのに、話が少ないとか多いとか、
いちいち考えるひまはなかったよ。
そんなもんだったよ。話なんてあまりしなかったけどねえ。。」と。
意外なところに原因を発見してしまった~。
私が愛されないと思っている原因のひとつには、
祖母の忙しい毎日に発端があったんだな。。
祖母はわけあってシングルマザーだったから、
そうであってもおかしくない。
生活していくために忙しくて、愛情表現が少ないのは、
まあ仕方ないことだろう。
でもたとえば外国の親子は愛しているよとお互いに言ったり、
子供もパパママ愛してると言ってるのを見ますが、
そんな外国の人たちのやりとりをうらやましく思う
私なのでありました。
はっきりと、そう言ってくれるのにあこがれます。
いいまさらながらに思うのは、
どんなに自分に愛がないと思う人にでも、
愛情の表現はどこかにあって、
人間であるなら、どこかにその表現があると思います。
それがとても些細なことであっても。
母の愛も母の愛の形であるようです。
それはたまに電話をかけてきてくれるとかとか。
わかりやすいところであるもんですよね。。。