
身体を斜めにして
やっとの思いで電車の吊り皮に
ぶらさがっている
わたしの顔のすぐ前に
若いお母さんにおんぶした
赤ん坊の顔があった
生まれて一年ぐらいかな?
ねんねこにくるまっているので
男の子か女の子か
ちょっと見当がつかない
その赤ん坊が
わたしの顔を見て
ニッコリと笑った
あんまり可愛かったので
わたしも笑い返した
こんどは赤ん坊が
クックッと声を出して笑った
その声に気がついて
母親がうれしそうに
わたしに微笑んだ
見ず知らずの大人のわたしが
どんな人間なのか
わたしがいま何を考えているのか
いま、なんのためにこの電車に
のっているのか-
この赤ん坊にも母親にもわからない
赤ん坊は世間の垢にまみれた
このわたしを全く疑わない
たゞ無心
たゞ無心
無心の赤ん坊の笑いに誘われて
わたしも思わず無心に笑い返した
そして、母親も無心に微笑んだ
無心と無心と無心のふれ合い
身体がねじれるほど混み合う電車の中にも
こんな気持のいいひとときがあったのです
出典「雨の日には・・・・・・」
(文化出版局)出版
