私は人生において意味のないことは1つもないと思っている。
今まで出会った方々、その方々に出会って感じたこと、考えたこと等は
「気づき」
「いい変化への1歩」
だと思っている。
その時の
「直感」
もとても大切だと思っていて今まで
「直感」
で行動したことは不思議と失敗はなく幸せに結び付いたように思う。
『妥協』
するのは簡単なのかもしれない。
『妥協』
とは
「直感」
を無視することのように感じる。
私の場合
「なんか気になる」
と思ったことってたいてい結果に結び付いたように思う。
「なんか気になる」
を我慢して、目をつぶり
『妥協』
しても結局意味がない気がする。
例えば婚活で言えば
最初に
「顔がタイプじゃないな」と思った人がいた。
でも誘われたまま「直感」を無視して
「デート」
してみた。
何回かデートしてみていい人だったけど理解できない部分も多かった。
「メールはマメに出来ない」
「映画は女性と見るもの」だとか
「女友達と二人きりで会うのは普通だ」
とか。
気になったものの無視していた。
しかしやはり付き合うには至らなかった。
一番の理由が
「顔」
だった。
例えばもう1人、
趣味も合うし顔もタイプめな3つ上の男性。
しかし最初からなんとなく距離を起きたくなるようなそんな感じがした。
デートしてみた。
話しも合うし楽しかった。
しかし映画館の売店で
「何飲む?」
と聞かれ
「烏龍茶」
と私が言った後彼がレジに向かいてっきり一緒に買ってくれるのかと思ったら…
「次いいよ
」
当たり前のように自分の分しか買ってなかった。
そしてアイスを食べようと並んでいた時、行列で時間がかかるようで店員さんが先にオーダーを聞きにきた時
「お会計はご一緒ですか?」
という問いに
「いえ、別で
」
と言った言葉に深く傷ついた。
私にとって会計が別というのは
「お前は他人だ
」
と言われてるような気がしてしまう。
そしてそれが今でも
「トラウマ」
になっていた。
私は男性には常に上に立って引っ張っていってほしい。
私は3歩後ろを歩きついていきたい。
もしその気持ちを無視して妥協してその人と付き合っていたら少年さんにも出会えなかった。
少年さんと付き合い続けることもいいのかもしれない。
でも
「直感」
を無視することは私の経験上よくない。
私はまた一歩踏み出そうと思う。
今まで出会った方々、その方々に出会って感じたこと、考えたこと等は
「気づき」
「いい変化への1歩」
だと思っている。
その時の
「直感」
もとても大切だと思っていて今まで
「直感」
で行動したことは不思議と失敗はなく幸せに結び付いたように思う。
『妥協』
するのは簡単なのかもしれない。
『妥協』
とは
「直感」
を無視することのように感じる。
私の場合
「なんか気になる」
と思ったことってたいてい結果に結び付いたように思う。
「なんか気になる」
を我慢して、目をつぶり
『妥協』
しても結局意味がない気がする。
例えば婚活で言えば
最初に
「顔がタイプじゃないな」と思った人がいた。
でも誘われたまま「直感」を無視して
「デート」
してみた。
何回かデートしてみていい人だったけど理解できない部分も多かった。
「メールはマメに出来ない」
「映画は女性と見るもの」だとか
「女友達と二人きりで会うのは普通だ」
とか。
気になったものの無視していた。
しかしやはり付き合うには至らなかった。
一番の理由が
「顔」
だった。
例えばもう1人、
趣味も合うし顔もタイプめな3つ上の男性。
しかし最初からなんとなく距離を起きたくなるようなそんな感じがした。
デートしてみた。
話しも合うし楽しかった。
しかし映画館の売店で
「何飲む?」
と聞かれ
「烏龍茶」
と私が言った後彼がレジに向かいてっきり一緒に買ってくれるのかと思ったら…
「次いいよ
」当たり前のように自分の分しか買ってなかった。
そしてアイスを食べようと並んでいた時、行列で時間がかかるようで店員さんが先にオーダーを聞きにきた時
「お会計はご一緒ですか?」
という問いに
「いえ、別で
」と言った言葉に深く傷ついた。
私にとって会計が別というのは
「お前は他人だ
」と言われてるような気がしてしまう。
そしてそれが今でも
「トラウマ」
になっていた。
私は男性には常に上に立って引っ張っていってほしい。
私は3歩後ろを歩きついていきたい。
もしその気持ちを無視して妥協してその人と付き合っていたら少年さんにも出会えなかった。
少年さんと付き合い続けることもいいのかもしれない。
でも
「直感」
を無視することは私の経験上よくない。
私はまた一歩踏み出そうと思う。