にのあいラッピングの総武線に乗って、思ったことを書いてみようと思う。














まず、こんな粋な広告をしてくれるライオンさんとJRの広報担当さんには全にのあい担から感謝の意を表したい。きっと担当者の中に素でガチのにのあいファンがいるんだろうな。
まだジュニアの頃の2人が、レッスンや収録にのぞむべくドキドキワクワク(二宮くんは時にタラタラ?笑)乗っていたであろう総武線の上り。そして帰りは2人隣どうしに並んで、漫画を読んだりゲームをしたり、お菓子のゴミを隠して怒られたり笑、そんなまだまだ原石の少年たちを家族の待つ家に届けてくれた下り。
2人のジュニア時代の思い出がつまった電車に、『いっしょだと最高』なんて素晴らしいキャッチコピーを付けて、全面広告をして走ってくれるとは。
外装が2人隣合わせなだけでなく、中吊りも隣合わせ、壁の広告もお向かいにずらっと並べられていて、車内CMもナノックスとソフランのみ!どこを見てもにのあいが目に入る素晴らしい空間となっていた。1日数本しかない、幸運列車に偶然乗れた人々よ、スマホからちょっと目を離して壁のイケメン達を見ておくれ、心が洗われるから!と念じたが、期待通りの反応をしてくれる人はあまりおらず、残念であった。
街を越え、川を越え、移りゆく車窓からの景色を見ながら、アイドルの卵からトップアイドルへと駆け上がっていく2人の歴史を重ねた。
そして、二宮くんや嵐のファンとなった頃の自分を思い出した。
わたしが二宮くんのファンとなったのは、12歳の頃、流星の絆でのお兄に一目惚れしたことがきっかけだった。こんなイケメンはみたことがなかった。こんなに綺麗に涙を流す人をみたことがなかった。12歳に、夜22時からのドラマは時間が遅く、母親には渋られたが、どうしても観たくて頼みこんで観ていた。毎週金曜日が来るのが楽しみだった。
それから早12年、今年でわたしも25歳。二宮くんがお兄を演じた頃と同じくらいの歳になった。これまでの12年、いろいろあったが、いつも隣には二宮くんと嵐がいてくれた。縁を感じることも多かった。
就職した病院は東京ドームが目と鼻の先にあるし、通勤は総武線だし、オペ室勤務が決まれば二宮くんがブラックペアンでオペ室の悪魔を演じることとなり、神楽坂で一人暮らしを始めたら相葉くんのドラマの舞台となった。
嵐と一緒に歳を重ねて、思い出を重ねて成長してくることができた。わたしも、いっしょだと最高!と嵐のみなさんに伝えたい。
二宮くんが結婚してから、ほんとに一時期はどうしようかと路頭に迷ったが、最近はほどよい距離感に落ち着いてきた。前ほど熱をあげてバラエティやWSを編集したり、雑誌を買ったりしなくなったが、彼氏ができたり、ワンピースが好きになって全巻買いしたり、プロテインに凝り始めたり新たな楽しみもできた。
好きの度合いは変わったが、これからも二宮くんと嵐といっしょに歳を重ねていきたい。次の12年を彼らとわたしはどう過ごしていくのか、12年後にまた総武線に乗ってしみじみ浸れたらそれはきっと幸せだろうな。