ぼくが5歳の時、母はこう言っていた。「幸せこそ人生に必要なこと」。
学校へ行くと、将来の夢を尋ねられる。ぼくは「Happy」と書いた。
みんなはちゃんと質問の意味を理解しろという。
だから、彼らに教えてあげたんだ。
「君たちは人生をわかってない」
ジョン・レノンが言った言葉です。
昨日、お取り寄せして置いたアスパラがやっと北海道遠軽町から届いた。
寒かったせいか、生育が遅く注文してからかなり遅れて来たので母の日には間に合わなかった。
で、昨夜両親と弟達にお裾分けしに行き、娘にアスパラを抱いた写真を
『これ送るからね〜。』とメールした所で、
父さんが、『温泉行くぞー♨️』と言った。
で急きょ、車に乗り、近場のプチ温泉旅行。
もんじゃ焼きを三人で食べ
うーむもうお腹いっぱいと笑い。
温泉で、母の背中を洗い、足を洗わせていただいた。
その間、母は胃がん摘出手術の傷跡をさすりながら。
背中を丸めていた。
2人揃って同じ様にお腹に傷が有ると、
『胃が弱いのは、遺伝なんかなぁ』
とか言いながら昔話に。
母は娘のころ私に
①山男とは結婚したらあかんよ。
家に居ないから。
②貧乏で働かない人とは結婚したらあかんよ。
喧嘩が絶えないから。
③誠実でない、嘘をつく人とは結婚したらあかんよ。
家庭を守れない人だから。
そう言って居た。
母は19歳で父にスキー場で声をかけられ、付き合い始めた。
家は自営でしたが
三男だった父は紳士服のデザイナーとして岐阜の家から出て1人暮らして居た。
母方の父(私のお爺ちゃん)は、
修行中で家も無い貧乏人には
娘を嫁にやれん。
苦労はさせたく無い。
そう猛反対。
しかし、父は三年の間にお金を貯めて、
借地では有るが家を建てた。
お爺ちゃんは父を認めた。
父は、私が産まれてから近くの農協の厚見支店で、私名義の口座を開き、その前を通る度に、小銭を貯金して居た。
後にそれを頂くのですが、50円貯金だった。
父の口癖は、
『こんな可愛い娘。
絶対に、嫁にはやらん。』(^◇^;)
だった。
既に、遅いですが💦
温泉♨️から出て父が私に言った。
『母さん、痩せたなぁ。』と。
私はこう答えた。
『母さん、今が1番幸せやって、言ってたよ。』と。
『そっかあ〜。そう言ったかぁ。』
父さん、温泉っていいね。