誰しも自分をひどく傷つけた人を許すということは
そう簡単に出来るものではありません。
しかし「許せない人」がいると、あなたは幸せにはなれません。
他人を許せない人は、「あいつが悪い」「あいつのせいで」
そんな自ら出す憎しみのエネルギーが、
嫌なことばかりを引き付け、
結局「あいつのせいだ、許せない」となります。
「許すということ」
マイナスの言葉は、マイナスなことを引き寄せるという
お話を前回しましたが、
いつまでも相手を憎んでいると、
自分の周りに負のエネルギーが集結し、
そして悪いことを引き寄せます。
「人は自分を守るために他人を傷つける」
誰かからひどく傷つけられた場合、
相手が人間的に未熟で、
自分を守る手段として、傷つけたのだということを知ると
憎み返すという思いは軽くなります。
自分の「正当性」を自身で認めるためには
相手を攻撃する事でしかないのです。
こんな時、相手と同じように立ち向かっていては
あなたも常に負のオーラを発することになり、
幸せから遠のきます。
「他人を許せない」という人は、
自分の過ちには寛大で、
また無かったことにしようとするものなのです。
また、あなたに対しての「執着心」が強いのです。
相手は許してしまうと、あなたが幸せになると思っているのです。
なのでずっと憎み続けてることで、
あなたが不幸になると思えるのです。
「憎むこと」より辛いのは「無関心」
愛と憎しみは紙一重というように、
憎しむという行為も、相手に関心があるからのことで、
本当に人間が辛いのは
「無関心な感情を持たれる」ことです。
ならばもう無関心になりましょう。
相手を同じように憎むだけ、
相手とともに、不幸な道に流されます。
憎しみや恨みや怒りという、マイナスの感情からは
幸せは得られません。
「許すも許さないも、人間そんなにえらくない」
「許す」という行為は、勝ち負けでの「負け」だと
捉えがちになりますが、
「許すということ」は、結局「自分の幸せ」のためなのです。
人は、常に向上したいと思ってます。
許すとか、許さないとかにこだわっているうちは、
自己の内面の成長を妨げる大きな要因にもなりうるでしょう。
私は相手が憎い、あいつが悪いと思う感情が湧いてきたら、
「私は許します」と言葉に出します。
その前に、憎んでいる自身も承認するのです。
「私はあの人が憎い」
この感情を認めた上で、
「私は許します、許します、許します」
最初はなかなかスムーズに出来ませんでした。
「許す」言葉自体に、納得できない感情が邪魔をするからです。
でもね、最初は形からでもいいんです。
許せない感情を、いずれどこかでストップさせないと、
一生負のオーラがつきまとい、そこからは幸せは訪れません。
憎しみや恨みつらみは、
結局自分を不幸にするのです。
自分が幸せになるために、
まず自分の負の感情を認めてあげる、
そして「許します」と唱えます。
そうしていると、いずれ憎んでいることが
馬鹿らしくなってきます。
「憎しみからは何も生まれない」 龍馬
「握りこぶしと握手は出来ない」 ガンジー
「弱い者ほど、相手を許すことができない。
許すとうことは、強さの証だ」 ガンジー
とっても云い得ていると思いませんか?
最近、人生で、
最大の難しい行動とは「許すこと」 だと痛感しました。
「人を許せる自分になる」
「許せない相手を許す」
幸せになるのも、不幸を選ぶのも自分次第です。
人を許すということは
自分自身の人生を豊かにすることができる。
誰のためでもない、
自分のために人を許すということに
一進一退ながらも進んで行きたいと思います![]()