愛国優人の日本を紡ぐブログ

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愛する日本の素晴らしい歴史・伝統・文化・風習・神話
誇らしい日本人の魂・倫理観・思想・精神・哲学
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少年法と倫理


この僕、愛国優人はよく周囲の人達から右翼思想だのネトウヨだのと言われるのだが、僕自身は右でも左でもないただ単に日本が好きな普通の愛国者だと思っている。

あえて言うなれば、ほんの少しだけリベラル思考寄りだと思っている。


日本の伝統や文化は極めて大切な物が多く、日本の、日本人の源流として、護っていかなければならない物が多くある。先人の方々が、その血を流し、命を賭して僕たちに受け継いできた物だ。ただ、時代背景は移り変わるし、日本を、日本人を取り巻く環境も移り変わる。

なので、現状にそぐわないものは変えていく必要があると考えている。ただし、古い物だからと言って何でもかんでも変えて良いかというとそうでは無い、いくら古くても、いくら時代遅れでも、姿形を一切変える事無く、次の世代に受け継いで行かなければならない物も厳然と存在する。

この事ひとつ取っても我が日本国というのは長く重い歴史と伝統・文化を背負う何と厳かで崇高な国家なのかという事を偲び、頭を垂れ、この身を正していかなければならないという思いに駆られる。



最近話題のものに『少年法』という物がある。


つい最近改正されたのだが、トンチンカンで的外れこの上ない改正だった。

「実名報道」などそんな事はどうでも良い。


皆さんはこの少年法が制定された経緯をご存知だろうか?


愛国優人が一番ムカつくのは、「いやいやGHQからの指示でアメリカから押し付けられた制度だろ?」という短絡的な思考を持った間抜けどもが保守を名乗っている事だ。


そんなクソ浅い思考で何が保守じゃ、アホンダラ。


少年法が制定されたのは昭和23年。

その時の日本国の時代背景は辛く苦しい大東亜戦争に敗戦した直後であり、国民の大半は飢えと貧困に苦しみ、戦死という形で肉親を失った方々が国内の彼方此方に数多く見られる時だ。飢えに苦しみ、肉親までも失い途方に暮れる方々の中には当然ながら幼い子供達もいた。

子供達は一生懸命・生きる事に必死になるがあまり、悪い事とは知りながら、やってはならない事と知りながら、隣りの田畑から、近隣の商店の店先から、生きる為に、飢えを凌いで食い繋ぐために、食べ物を盗む、いわゆる窃盗が横行していた時代だ。


そういう時代背景の元で、

「幼い子供達のする事だし、ま、少しぐらいは大目に見てやろうや」

という事で制定されたのが、

14歳未満の少年・少女には刑事責任を負わさない。」

という文言を骨子とする『少年法』が制定されたのだ。


これぞ、日本人の優しさである。なんとおおらかな心なのか。


当時の子供達も子供達で、明治天皇が日本人としてのあるべき姿・心構えを示された「教育勅語」(正式名称:教育ニ関スル勅語)を修身と言われる倫理・道徳教育によって、学校であれ、家庭であれ、町内会であれ、徹底して教え込まれていたので、当時の子供達の倫理観・道徳観は現在とは比べ物にならない位高かったと思われる。


当時は

「頼るべき親さえ亡くし」

「生きる為に」

「悪い事だと知りながら」

「ある意味、仕方なく」

行う行為と、

「自分の子供にキラキラネームをつけて喜んでるバカ親が何でもかんでも買い与え」

「小学生のような幼少期からスマホなどを持ちネットゲームに興じ」

「自分達の楽しみ・快楽の為に」

「他人の事を想う事など無く」

「ある意味、ゲーム感覚で」

半笑いで万引きなどを行う。

愛国優人は昔は良かったとか言うつもりは全くない。全くないのだが、今と昔では、これぐらい時代背景が異なっていると言う事だ。


国民がある程度豊かになり、世の中が徐々に便利になって行く。素晴らしくいい事だ。

それに伴い、時代や時代背景も変わって行く。昔の物が今や通用しない物も少なからずある。そういう物の変革・改革は積極的に行うべきである⇦愛国優人のリベラル指向


ただ、しつこいようで申し訳ないが、変えてはならない物もある。

国家や国民の根本・本質に直接的に関わるような事柄は絶対に微塵も変えてはいけない。



話は変わるが、先日の事だ。愛国優人は子供が好きだ。ロリコンだとかそう言う性癖の告白ではないので、安心して欲しい。元気な子供達の姿を見て元気にはしゃぐ子供達の声を聴くとほのぼのとした穏やかな気持ちになり、本当に癒される。


愛国「こんにちは。」

子供「エヘヘ(笑顔)

親「知らない人に声掛けられても返事したらアカン!」


いや、まぁ、物騒になりつつある世の中だから、貴方の言ってる事も一理ある。

でもなぁ、そこは普通、「挨拶ぐらいちゃんとしなさい!」と注意するもんとちゃうんかい!何考えてんねん、クソバカ親が!

と心の中で叫びながら、多分阿修羅の表情で目礼してサッサとその場を後にした。

言っておくが子供に対しては全く怒りの感情は無い。

愛国が怒っているのは子供に対してロクな倫理教育が出来ない、塗り壁のように化粧を塗りたくり、歌舞伎役者のような派手な服を身に纏い、ここは普通の道路ですよ?ランウェイか何かと勘違いしてません?と言いたくなるような歩き方で、子供の安全を確保するのがメインなのか、自分自身をひけらかすのがメインなのかわからんようなゴミ親に対しての事だ。


その親はその親でそういう教育を受けてきたのだろう。


大丈夫か?

日本はこのままで?


子供達を教育すべき大人達がこの程度の倫理観しか持たずして子供達に一体何を教えるんだ?


本当に倫理・道徳教育をしなければならないのはお前らクサレ親どもとクサレ教師どもじゃ!バカタレが!



また感情的に愚痴ってしまった。


『少年法』。

子供達に厳罰を負わせるのでは無く、その保護責任者に厳罰を課す方向に改正しないと意味がない。

子供達が悪さをした時に昔からよく言うだろう?「親の顔が見てみたいわ!」と。

だから、親の顔を見せてやればいいんだ。

すると皆さんは納得する。「ああ、この親にして、この子ありやな」と。

子供達を実名報道するのではなく、その保護責任者の顔から名前から住んでる地域からを報道で晒しあげてやればいい。

純真無垢な子供をこんな風にしたのはコイツですよ!と言うように厳罰を課し、皆から石を投げられろ!クズどもが!


正式に言うと、保護責任者に刑事罰を負わせれば良い。そのように改正すべきだ。以上!