こんにちは









お読みいただきありがとうございます。
今日もお付き合い宜しくお願い致します
HCUに入院してから、ほぼ1週間で一般病棟に移った母でした。
薄ら目を開く状態で、まだほとんど見えていないような感じです。もちろん、うつらうつら目を開けているだけで意識も混濁しています
コロナの影響で面会時間は2分と決められていましたが、入ってしまえば特に注意される事もなく20分程滞在が許されました。
病棟に入る前にナースステーションで検温、消毒をします。
そこに1人女性事務員さんがいらっしゃいましたが、その方の物言いが毎回気になりました
コロナの影響もあり、面会者の行動確認をしなければならないのは理解できます。
しかし、毎回毎回気怠い感じで
今日は何しにおみえです❓
何しに…何しに…
面会に決まっています
この、何しに…という言い方が、まるで来てはいけないかの様に聞こえてしまい、普通に接するに徹しましたが毎回毎回イラッとしてしまいました
私の器よ、大きくなぁれ…
ニュアンス一つで、言葉の持つ意味が大きく変わって受け取られてしまうのは残念ですよね。
言葉一つにも、その人の人柄が反映されているような気がする…
私も気を付けよう
勉強させていただきました🐣
さて、母は入院2週間で意識が戻りました。
ハッキリとするまでにはまだまだかかりますが…
長い長い二週間だった事を記憶しています。
私自身、気持ちが前向きになったり後ろ向きになったり…
精神的に不安定で、1日だけ大泣きしたのですが泣いている最中に
泣いてる場合じゃなくない❓
心の奥から、すごく冷静な自分の声が聞こえました。
やる事も考える事もたくさんあるじゃん!
わたし覚醒
その日から泣くのをやめました。
母の意識の改善はあまりなく、話しかけても話しかけても反応は鈍いままです。
面会の何分何十分がとても長く感じました。
私1人で話してバカみたいじゃん…
心が折れかけた事もあります。
きっと、面会していた父も兄も反応がない虚しさと闘っていたんだと思います。
意識がハッキリしない中で日課にしていた事がありました。
母お気に入りのブラシで髪のブラッシング。
何でもいいから刺激を与えたい、きれいにしておいてあげたい。そんな娘心からでした。
母もブラッシングをすると、気持ち良さそうにしていす。
ある日の事でした。
お母さん、来たよ〜
娘と2人、母の顔を覗きこんだその時
母がニコッと笑顔を見せたのです
右側の麻痺があるので、左側の口角だけが上がったヘラ〜とした複雑な笑顔
その笑顔は今でもハッキリ覚えています。
娘と2人
あ、笑うじゃんっ
笑った
おばあちゃん、笑ったねぇ
良かったねぇ…良かった
2人で
号泣
かと思いきや、母も目に涙を浮かべていました。
暗い心の随分と奥から、ポカポカしたあたたかい光が湧き出してくるような感覚でした。
胸がギュッと痛くなるような、不思議な幸せを感じた瞬間です。
母の笑顔が、私の不安を一瞬で吹き飛ばしました。
笑顔の破壊力、半端ない
しかし、右半身の麻痺と失語もこの時この目で見て受け入れなくてはなりませんでした。
ここまでにおおよそ2週間です。
1週間から2週間が山場であると伝えられましたが、意識がなくても諦める事はない、希望の2週間でもあるんだと思います。
頑張りましょうね。踏ん張りどころです
我が実家の場合、この2週間は母の命の不安と入院費の不安とで足場がグラグラになっていた時期です。
だって、父は80近いお爺さんで年金受給者。
兄は経営していた居酒屋を閉店したばかりで、しかも債務整理者。
その他色々、手の掛かる男なんです
お金なんてある訳ありません
貯金もありません
母は医療保険に加入していません。
助けてくださいっ
日本の真ん中から金欠を叫ぶ💸
私の叫びはイギリスで暮らす姉に、すぐさま届いたようでした。
続く…