軌跡

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歩いてく、毎日、どこかへ。

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ゼミでフロイトを学んでいるが、その中で性的倒錯に触れる回があった。

その時たまたまわたしは、性的倒錯者である沼正三が書いた著書「家畜人ヤプー」を読んでいた。

彼はいわゆるマゾヒストで、捕虜時代に白人女性への性的奉仕を強制されて、被虐的快感に目覚める。
戦後、彼は性的異常者として日本に戻り、満たされることのなくなった欲求を、小説という形で昇華するに至る。

わたしにとって、かなり衝撃的な作品だったことは言うまでもなく、ただ彼はSFとしてこの小説を完成させたから、単純なSM小説にとどまらない。
しかし、彼のマゾヒズムが行き着いた先、汚物愛好に関しては、その記述を厭わない。

沼正三は、異常者であったろうか。
そこで今度は、サディズムについても考えねばならないだろうと思い、
マルキ・ド・サドの著書を手に取った。サディズムという言葉の元となった人物だ。

彼の著書の中で、最も下劣なものを選んで読んだ。
主人公となる四人の公人が、パリ中から男女を集め、乱交にふける物語である。

あまりの生々しさに、読破とはいかなかった。全ページを余すところなく読んだとしたら、わたしの正常な感覚まで侵されそうであった。

知れば知っただけ、面白い世界だった。
様々な趣向がある。しかしそれは、異常と言うのだろうか。

わたし自身は、全くこういった趣向はないが、
どのような外的・内的要因があれば、こういった性癖に目覚めるのか知ることは、探究心をくすぐられる話題ではある。

来年の論文のテーマは、是非ともこの性的倒錯について論じたい。